第10話『フォーチュンクッキー!』

ライトノベルベスト


『フォーチュンクッキー!』        






「チェ、こんなもの」


 そう言ってお姉ちゃんは、テーブルの上に投げ出した。


「いらないんだったら、ちょうだい!」


 そう言ってもらっちゃった。


 ティッシュのパッケージほどの大きさの箱に、それは入っていた。


 フォーチュンクッキー[辻占煎餅(つじうらせんべい)]と幸せ色で書かれていた。

 

 これは、お姉ちゃんに想いを寄せている彼が、ネットで見つけた限定品らしい。



「こんなもので、気を引こうっていう子供っぽさがヤなのよね」



 そう言って、大人ぶったOL三年目の姉上は、あれほどバカにしていたジブリのアニメを見に行った……たぶん友だちで、同類のお局様コースまっしぐらのヨーコさんと。

 

 お姉ちゃんは、ミーハーが嫌いなミーハーというヤヤコシイオンナなのだ。


 流行りのものは、とりあえず拒絶する。で、世間が「やっぱ、すごい!」と評価(主にテレビの某コメンテーター)すると、さも自分が評価したようにして飛びついていく。こないだの80年代体験ディスコに行ったのもそうだし、今日のジブリも、いつだたかの村上春樹って人の本もそう。


 で、これは、職場の一ノ瀬さんという、職場の女子がみんな狙っているというイケメンのサラブレッド。会社の会長の甥ということで、会社での未来は約束された人らしい。


 一度だけ、お姉ちゃんの荷物持ちで、出かけた先でばったり出会い。わたしにもキチンとご挨拶してくださった。イタズラ好きなガキ大将の匂いが残っているような印象で、下げた頭を上げたときには、初対面の距離を超えた近さで、ウィンクされちゃった。

 

 このフォーチュンクッキーは、そんなお姉ちゃんを試そうとする一ノ瀬さんのイタズラな気持ちだと思う。


 フォーチュンクッキーはAKBで、大いに流行っていた。


「また、世間は秋元康の策略にのって。こんなのサンフランシスコの場末の中華料理屋で始まった駄菓子じゃん。中にオミクジだなんて、不衛生!」


 と、ニベもなかったよ、あのころのお姉ちゃんは。


 あたしは知っている。うちのバンドでも、この曲をやるので調べたんだ。元々は日本のものだ。昔アメリカで万博をやったときにアメリカに持ち込まれ、それをチャイナタウンのレストランで真似してやるようになり、アメリカ人でも中国のものだと思っている人が多いらしい。



 元来は、北陸地方の、お正月の縁起物で、神社なんかで売られていたらしい。  


 あたしだって、いつまでも、オバカな妹じゃないんだぞ。



 試しに、一個蟹の爪みたいな辻占煎餅を割ってみた。


「末吉、運命の人は、意外に近くに」


 それを見て、遼介の顔が浮かんで、思わず心臓バックン!


「さあ、みんな。本番前の縁起物に、どうぞ!」



 控え室で、緊張の固まりになりつつあるメンバーに、フォーチュンクッキーの箱を開けて見せた。



「これ、ひょっとして、フォーチュンクッキーか!?」


「おうよ。本家本元、福井の壽屋の辻占煎餅よ!」


 研究が進んでいるメンバーには、これだけで分かる。


「これ、限定品なんだぜ。よく手に入ったな!」


「これも、今日のロックコンクールのためよ」


 わたしも見栄を張る。


「わ、オレ、大吉!」


 ドラムのジンが、まず喜んだ。キーボードのミヨシが中吉、ベースのサトーも大吉。


「おれ、こういうの運がないから、だれか引いてくれよ」


 遼介は、あたしの顔を見た。


「情けないオトコね、凶が出ても責任とらないからね」


 あたしは、テキトーに選んで渡してやった。


「……………」


「何が出たんだよ、教えろよ」


 ジンがせっつく。


「いや、これは……」


 遼介がモジモジするもんだから、あたしも含めて遼介をもみくちゃにしてやる。


「アフタースクールのみなさん、スタンバってください」


 係のオニイサンが、出番近しを伝えてくれた。



 フォーチュンクッキーのお陰か、コンクールは準優勝だった。



 カーー カーー


 カラスが二三羽、西に飛んでいく。


 まだコンクールの余韻が残っている……準優勝の火照りが。


 帰りの電車は、前の駅でミヨシとサトーが降りた。ジンは、もう一個むこうの駅だ。


 だから、この道を歩いているのは、あたしと遼介だけ。


「良かったね、初出場で準優勝もらえて」


「フォーチュンクッキーのお陰かもな」


「あ、遼介のは、なんて出てたのよさ!?」


「これ……」


 ヤツはお神籤の上、三分の一だけを見せた。そこには大吉と書かれていた。


「よかったじゃん。で、その下は」


「いいよ」


「よくない、見せなさい!」


 ふんだくって見てやると、こう書いてあった。


「運命の人は、意外に近くに」


「おお……でも、一番下の方なんて書いてあったの? 千切れてる」


「もみくちゃにされてるうちにさ……」


「……うそ、持ってんだ。出せ、遼介!」


「だ、大事にしたいから……」


 こういうウソのつけないところが、遼介のいいとこだ。数秒して、ヤツはやっと出した。


「それは、これをくれた人」


「遼介……」


「前から……好きだったから。だから……」



 運命を感じてしまった。



「あ、あたしも……」


「真琴……」


 ヤツの顔が迫ってきた。あたしは幼い一線を……越えられなかった。


「あ、あたし末吉だから、だから大事に……」


「ああ、大事にしような」

 

 そう言って、遼介は、三叉路の左側の道へ行った。


「遼介!」


 思わず呼ぶと、ヤツは電柱一本分向こうから言った。


「オレも、末吉に付き合うから!」



 フォーチュンクッキーの思い出でした…………(^_^;)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る