第6話 対立と同盟
今川館 一色鶴丸
1550年冬
助五郎が今川家の人質となって、もうじき半年が経つ。
正直に言えば家中の雰囲気、特に助五郎の周囲の空気は最悪であった。北条より送り込まれた助五郎の世話役兼護衛役である、
売り言葉に買い言葉と言わんばかりに、よく口論が起きている。
しかしそのことを公にしないのは、今川としてはやはり北条と敵対することを望んでいない。そして北条との同盟締結に奔走した武田に申し訳が立たない。という理由があるわけだ。
「今日も揉めていた。毎日毎日双方良くやるものだ」
「鶴丸様はそう第三者として見てられるのでしょうが、竜王丸様の心中を察すれば、とても楽観視出来る状況にありません」
「確かに。竜王丸様のことだ、今の状況に少なからず責任を感じておられるはず。悪いのは竜王丸様では無いのだがな」
最近竜王丸様は俺達と過ごす時間が減っている。なんでも家督の継承をもうじき執り行うためだという。
しかしそれでも今川家の実権を握るのは義元様なのであろう。だがいずれ来たる日のために、側で義元様の仕事ぶりの見ているのだと雪斎に聞いた。
「寿桂尼様も花倉の乱で、玄広恵探様を支持したことを負い目に感じておられるのか、義元様に強く意見することは出来ぬと聞く」
「しばらくはこの状態が続きそうですね」
「おそらくな」
竜王丸様との時間が減ったこともあるのだろうか?竹千代とは友人のような関係を築くようになった。
とは言っても俺の一方的な思いではある。同い年だというが、竹千代は相変わらず敬語が抜けぬし、俺を一門衆として扱おうとする。
すでに何度も止めるように言ったのだが、そこだけは決して譲らなかった。
「仕方が無い。今日も励むとしよう」
「いつになく真面目なのですね」
「竜王丸様も頑張られておるのだ。俺が手を抜くわけにはいかん」
「その言葉、お師匠様の前でも言われればよろしいではありませんか?きっとお喜びになりましょう」
だが俺はその言葉に首を振る。
本来家族と過ごすはずの時期を、離れて過ごしたいた。結果として俺の反抗期は雪斎をその代わりとして成長してしまったようなのだ。
そういうこともあって今ではそこまで反抗心があるわけではないのだが、今更雪斎にそのように接するのはどこか気恥ずかしさがある。
だから雪斎との関係はこのままでよい。
「ところでお師匠様は最近どこかによく行かれているようであるが、知っているか?」
「いえ、その話自体初耳にございます」
「そうか」
気温が明らかに低い中、庭に出て木刀を振る。
雪斎に師事して4年。すでに手はゴツゴツだ。少なくとも10代の手ではないほどであった。だがそれでも足りない。
俺には決定的に欠けている部分があるのだ。そのことに気がついていながら未だ克服出来ていない。
それがどうしても歯がゆかった。早く克服しなければ、俺は大きな過ちを犯しかねない。それが分かっている分、余計に、である。
しばらく木刀を振っていた。廊下より誰かがこちらに向かって歩いてきているのが目に入る。
その背丈は小さく、俺よりも低い者であった。何やらキョロキョロとしていたが、俺達と目が合って慌てた様子で駆け寄ってくる。
「鶴丸殿、こちらにおられたのですね」
「虎王ではないか。どうしてここに?」
「竜王丸様が領内の視察に向かわれるようなのですが、それについてくるか尋ねて参れと」
「そうか。竹千代、如何する?」
「城下へと出るのは久しぶりにございます。是非同行させていただきましょう」
ちなみに虎王とは、一色と同じく今川一門に属する瀬名家当主、瀬名氏俊の嫡子の名である。
今は竜王丸様の側に仕えており、雪斎に師事していないから毎日会うわけでは無いが、こうして会話を交わすほどの仲ではあった。
「では参りましょう。すでに門にてお待ちにございます」
「・・・汗をかいたばかりだぞ?」
「竜王丸様をお待たせするのですか?」
汗臭い状態で行くのも無礼な気がするが、竜王丸様を待たせるのも問題か・・・。
「竹千代、水を浴びるぞ」
「正気でございますか!?」
「当たり前だ。ゆっくり汗を落とす時間は無い。寒水にて汗を流し、すぐに門へ向かう。虎王、時間稼ぎ任せるぞ」
「・・・少しだけです」
「それで良い」
俺は木刀をいつもの場所へしまい、そして井戸へと走った。竹千代も文句を言いたげであったが俺にならう。
井戸についたが先客がいた。館に仕える老人である。
「じぃ、済まぬが水を貰うぞ」
「これは鶴丸様ではございませぬか。まことに元気でございますね」
「世間話はまた付き合う」
桶に汲まれた水を貰って、人目のつかぬ場所へ移動し服を脱ぐ。頭から水をかぶったのは良いが、心臓が止まるかと思ったわ。
隣で竹千代が声にならない悲鳴を上げていた。
「大丈夫か?」
「・・・」
両手で身体を抱きしめるようにしてブルブル震えている。だがその時間すら惜しい。
服を着て、支度を済ませ、すぐに門へと向かった。何やら虎王が話している最中であり、竜王丸様も俺達が遅れてやって来たことを不快に思われなかったらしい。
「別に慌てずとも良いのだぞ。剣術の稽古に励んでいたのであろう?」
「・・・」
俺は一瞬反応に困って虎王を見た。申し訳なさげに頭を下げているのを見ると、おそらく早々にバレてしまったのだろう。
「いえ、汗臭い姿で竜王丸様のお供に出るわけにはいきませんので」
「そうか。まぁ麻呂は待っておらぬ。だがそろそろ出ねばなるまい」
厩の者が俺達の馬を引いて近づいてくる。それを受け取り、馬に飛び乗った。
「では参るとしよう」
「はっ」
竜王丸様と竹千代、そして数人の護衛と共に城下へと向かう。今日は久しぶりの城下。
何やら起きそうで、実は内心少し心が躍っていた。
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