東海の覇者、桶狭間で没落なれど ~幼き日の記憶~

楼那

第1話 始まりの日

 ???? 一色鶴丸


 ????年?


 俺は懐かしき日へと記憶を遡らせた。

 寝心地の悪い布団、涼しくない部屋。重いまぶたを開けたとき、見える天井はやはり見慣れたそれではなかった。

 そして俺を取り囲む人々のなりは、時代劇でしか見たことのない物。

 どうなっているのかと説明を求めようと声を上げようとしたのだが、そんな俺と思われる者から発されたのは、言葉にもなっていない「うぅ~、うぅ~」という赤ん坊の言葉だったのだ。


 それから少し成長し、一人で歩けるようにもなった。周りは成長がとにかく早いと驚いていたな。

 それはそうだ。数年がかりでわかったことがある。

 俺は何故か2020年から、この時代へとタイムスリップ?をしてしまったのだと。しかもこの時代の子供として生まれ変わったのだ。

 父の名前は一色いっしき政文まさふみ、母の名前は華姫。

 武家の家系だと知ったときはてっきり丹後国の方だと思ったのだが、どうやらその予想は外れていた。なんとこの地は遠江だというではないか。

 母が先々代当主である今川氏親の娘という。思いっきり今川一門衆の家柄だった。正直頭を抱えたくなったさ。だって今川家は遠くない未来に滅亡する。

 俺はそんな大名家に仕える一門衆の嫡子。やってられないよな?と。


 そんなある日、俺は父に連れられて今川館へと初めて足を運んだ。東海地方をほしいままにしているだけあって、その館も立派な建物だと感動した。

 謁見の間へと通された父と俺は頭を下げて、主である今川義元がやってくるのを待っていた。

 左右を挟んでいる家臣の方々は父を見、そして俺を値踏みするかのように見ているのが幼いながらに理解出来る。

 しばらく待っていると、廊下より足音が響く。東海一の弓取りと言われた男の登場だ。誰も彼もが緊張感を持って頭を下げた。


「みな、面を上げよ」


 その言葉に従うように顔を上げた。上座に座っている男が今川義元だと誰が信じられよう。未来の今川義元の印象操作に悪意を感じたほどだ。

 上洛を目指しているといっても京かぶれという感じでもない。麻呂という言葉が似合うような見た目でもない。


「政文よ、良く来たな。約束通り倅を連れてきたか」

「はい。まだまだ未熟な倅でありますが、どうか見てやってください」

「ふむ・・・」


 義元の視線が鋭く俺に刺さる。ここで目を逸らせば父が恥ずかしい思いをするのではないかと、懸命に目を逸らさずにその視線に耐え続けた。

 しばらく後に義元は満足げに頷き、そして手に持っていた扇子でちょいちょいと手招きする。

 俺も驚いたが、それよりも目を見開いたのは父や控えている家臣達。


「御屋形様!それはあまりにも!」

「静まらぬか。我はこれより大事なことを言い渡すのだ。さて童子よ、名を聞かせて貰おうか」

「一色鶴丸と申します」

「鶴丸か、では鶴丸に申し渡す。しばらくここに残り、我が子竜王丸とともにそこにいる雪斎に師事せよ」


 この言葉に俺はただただ絶句した。どうにか生き残る術を探そうとしていた矢先の命だった。いくら子供とはいえ、父の仕えている御方からの命である。どうあがいても断ることなど出来まい。

 頭が痛くなる感覚に襲われるも、察されないよう我慢して頭を下げた。

 竜王丸、後の今川氏真だ。今川家の大名としての立場を終わらせた人物。いい印象なんて持てるわけもない。


「太原雪斎様、未熟者ではありますがよろしくお願いいたします」

「御屋形様が見初められたのだ。今は未熟者であっても将来は化けるやもしれぬわ」


 すでに白髭をたくわえたこの御方。今はまだ知らぬ事だが、今後の人生を大きく左右する御方になる。

 それは俺を含めた多くの者たちのことを言っている。


「どうか鶴丸のことをよろしくお願いいたします」

「任せよ。立派な跡継ぎに育て上げよう」


 思えば俺が今川家にこだわりを持ち始めたのは、この謁見があったからであったとつくづく思う。


 今川館に留まり、太原雪斎様に師事することが決まったのは1547年、つまり俺が6才になったときのことだ。そしてそのころ竹千代は織田信秀の人質となっているころであろう。

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