第287話
「よっす副会頭。今回はルッツじゃないんだね」
「ああ。商会長は少し忙しくてな。今回は優秀で強者であるこの私がこうして来訪する運びとなったのだ。それすなわち信頼の証と言えよう」
「そう言うのいいから魔力の正体を言えよ」
これがいつも通りの来訪だったなら特になんも言わずにエレナとバトンタッチしてフェルトや親方の所に行くところだけど、後続で近づいて来る魔力反応があるって事は、いつもの商売とは違う用事でここまでやって来たって事なんだと思う。
じゃあさっさと要件を聞いて追い返そう。面倒ごとに巻き込まれるのは絶対に嫌だからな。
「やはり魔法に関しては優秀だなリック様。そこまで知られているのであれば話が早い。君に折り入って頼みがあるんだ」
「断る。じゃあ帰ってね」
「待ちたまえ! まだ要件を言っていないではないか! せめて話だけでも聞いてくれてもいいのではないか⁉」
「だって面倒事でしょ? そんな話を聞いてもぐーたらの邪魔にしかなんないし、最悪あの伯爵みたいなのがまた来るような事態になったら、本気でお前等との取引を取りやめるぞ?」
ぐーたらにとって面倒事はかなり忌避すべき存在。もちろん最上級は労働だ。
そんな労働に匹敵する事案がすでに1回降りかかって、ある意味でリーチがかかってると言っても過言じゃない状態だぞ? そんな事も分からないような馬鹿なら、本当に別の商人に取引先を変えるだろうな。
「……構わんとも。今回を乗り切らねば我が商会は窮地に立つのだからな」
「大した覚悟じゃん。だったら話を聞こうじゃないか。とりあえず母さんはお茶の用意を。アリア姉さんは父さん呼んで来て」
「分かったわー」
「嫌よ。こっちは訓練抜け出して来てるんだからアンタがやんなさい」
と言ってアリアが逃げるように家から出て行った。こういう時はエレナに一緒に頼もうかとそっちを見たらもうすでに影も形もなくなってしまってるじゃあないか。何という逃げ足の速さだ。
「……副会頭」
「客人に主人を呼びに行かせるのはさすがにどうかと思うぞ」
「だよねー」
無意識に頼ったけど、さすがに客に家の主人を呼びに行かせるのは、どんな世界だろうとマナー違反だよなー。
面倒臭いけど、アリアとエレナに逃げられた以上は俺が行くしか無いんだよね。ここにサミィがいればノータイムで呼んでる所だけど、こういう時に限っていないんだもんなー。
おかげで俺が呼びに行かなくちゃ何なくなったじゃないか。帰ってきたら文句言ってやる。
――――
「で? 要件って何?」
一応この場にいるのは俺とヴォルフだけ。エレナもどう? 的な事を仄めかしてみたけど速攻で断られた。
「端的でないと君が居なくなってしまうから要点だけを。魔導具を作って欲しい。それも――可能な限り目新しいモノを」
「目新しい魔道具ねぇ……なんで俺?」
確かに魔道具作りを趣味として、ぐーたらライフのために村中に冷房を作ったり。簡素だけどウォータースライダー的な遊具を作ったりといろいろやってはいるけど、わざわざ俺に頼まんくとも王都の有象無象にでも頼めばいいんじゃね? と思う。
「私も王都の技師に頼めばいいのではと進言したんだが、どうも商会長が言うには君の腕前はそれを軽く凌駕しているとの事だ」
「ふーん……わざわざそこまでする理由は?」
王都と帝国で売ってる魔道具をいくつか見て、手作りの雑さを多少なりとも実感してるからルッツの言いたい事は分かるけど、わざわざ砂糖で反感を買ってる俺に頼むってのは図に乗りすぎてる気がする。
「なんでも一月後くらいに帝国の姫が王都にやって来るらしいんだが、先触れとしてやって来た連中が土産として持ってきた魔道具に国王様が対抗意識を燃やしたらしくてな。帝国にもないような魔道具を作れというお触れを出したのだよ」
「ちっちぇ……。そんな物のせいで王都では今そんな事になってんのかよ」
「何を言うかリック! これは国の威信をかけての政策なんだぞ! それを小さいというのはいささか愛国心に欠けるぞ」
「元々無いけど?」
俺に愛国心を求めるのは意味がない。だってその国王がヘボなせいで、俺たち家族と村人連中は毎年死人が出るようなド僻地に押し込められてるんだからな。
正直、こんな状況でヴォルフはどうして国王に忠誠を誓えるのかねぇ。毎年報告会でいい酒を飲ませてもらってるって理由だけじゃあまりに弱すぎんだよなー。
「父さんってなんでそんなに王様に心酔してんの? 母さんに酒が理由って聞いてるけど、弱すぎない?」
「リックは子供だから分からないだろうが、酒というのは神が造り給うた奇跡の雫なんだ。その中でも陛下が手すがら注いで下さる1杯がまた極上でな」
うん。なんの酒か知らんが随分と良いものを飲ませてもらってるみたいだな。
元々酒カス気質だったヴォルフのダメっぷりがより強まったな。
「ふーん……」
とはいえ、そんな酒カスが強い忠誠を誓うほどの美味い酒ってのは気になるな。おっさんだった頃はもっぱらビール――すらもあんま飲めてなかったなー。ブラックで働いてたからそんな余裕が全くなかった事を考えると、成人したら酒を浴びるように飲む――のは寿命が短くなるんで適量適量。
「いいかリック。陛下直々の命だ。何としてでも帝国の魔道具を超える魔道具を作るんだ!」
「ヤダよ面倒臭い」
別に魔道具1つでどうにかなる訳でもないし、そんなちゃちな理由で戦争とかに発展するわけでもない。せいぜい王家の連中が嫌な顔をして。帝国の連中がドヤ顔をする程度でしかないだろうが。
俺からすれば、そんなちんけなプライドのためにこっちのぐーたらライフの邪魔をすんなと言いたい。国が亡ぶってんなら話は別だけど、こんな事でそんな事態にまで発展したらそれこそ稀代の愚王だろ。
「どうしても無理だろうか」
「そうだねー。でも、何だってこんなくだらない催しでルッツの店が窮地に立つのかは気になるかなー」
俺的くだらねぇ催しのどこに窮地に立つ理由があるのか。一応砂糖の件で信頼度ガン下がりとは言え、どの程度で駄目になるのかを知る必要があるからね。
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