第286話
「父さーん。誰か来るよー」
「ルッツか?」
「それは分かんない。ただ、今回はいつもと違って随分と魔力を感じるよ。人のじゃなくて魔石のだけどね」
「ふむ……となるとルッツの可能性は低そうだな」
「じゃあ誰?」
魔石の魔力を感じるって事は、その正体はほぼ確実に魔道具だろう。ワンチャン魔石そのまんまって答えにならなくもないけど、そんな注文をルッツにした覚えはないからな。
なのでこの場合、魔道具の正体は武器・防具って事になる訳だけど、勿論そんなモンを買うなんてこともしないよ? 欲しいと思わんし、最悪ある程度のであれば自作できるし。
だから、テンプレだとこの場合はそういうのを持ってる冒険者――ってなるんだけど、なんだってそんな連中がこんな辺境に? って疑問が出てくる。
言っちゃ悪いが、ここはダンジョンも無けりゃ強い魔物もいないド辺境。そんな地で魔導具武具を扱う冒険者が何しに来たんだよとなる。
「父さんも分からん。取りあえず先触れが来るまで一応の準備だけは済ませておこう。リックは母さんにお茶の準備をするように伝えてくれ」
「父さんは?」
「仕事だな」
そう言って視線を俺から卓上の羊皮紙に戻す。本当によく頑張れるよなー。俺は数日で今世を諦めちゃおっかなーって考えが脳裏をよぎるくらいマジで地獄だったけど、ヴォルフはこうやって毎日毎日やってる事に頭が下がる思いだ。
————
「母さーん。来客があるっぽいから父さんがお茶の用意してってさ」
「あらそうなのねー。ルッツかしらー?」
「いつも感じないくらい魔力感じるって言ったら違うんじゃない? ってさ」
「あらー。それだったら違うわねー。残念ー……せっかくお話ししようと思ってたのにー」
砂糖の恨みは恐ろしいねー。まぁ、けしかけたのは俺だ。でも悪いのはルッツなんで、甘んじてエレナの説教を受け入れるしかない。
「それにしてもー、リックちゃんがそんなに魔力を感じるだなんてー、一体誰が何の目的で来るのかしらねー?」
パッと思いつくのは貴族だが、絶賛嫌われまくりの我が家にやってくるような奴に思い当たる節がない。
じゃあ強い冒険者かな? こっちであれば、救国の英雄と世間でもてはやされてるヴォルフに挑戦状を叩きつけ、己が実力を喧伝する為にやって来ないとも限らない。
「父さんに挑みに来たっていうのは?」
「あらー。そんな子達が来るんだとしたらー、随分と懐かしいわねー」
「昔はあったんだ」
「そうねー。まだアリアちゃんが生まれる前くらいまではたまーにそういうのがここに来てたのよー」
「ふーん……もちろん金銭を要求したよね♪」
アリアが生まれる前って事は、今以上に貧乏で生きるのすらしんどかった地獄の時代だろう? そんな時にわざわざ相手しろとやってくるんだ。金貨――とまでは言わなくとも銀貨くらいはふんだくっても何の問題もないだろう。
そんなさも当然の権利を問うてみたんだけど、エレナの表情は随分と浮かないって事はだ。無償でやってたんだろう。相変わらず人がいいというかバカ正直すぎるというか。
「まぁ、過ぎた事を言ったって何もなんないからいいけどさ。もし今回の連中がそれの類だったら、ちゃんとお金取ってね」
「別にいいじゃないのー。昔と違って今はお金味も余裕があるんだしー。お父さんも喜んで受けるんじゃないかしらー?」
「なるほど。それじゃあ母さんは、余裕が出来たら砂糖を無償でルッツに譲ったりするわけだね」
「何言ってるのかしらリックちゃーん。そんな事をする訳がないじゃないのー」
返す刀で即答。しかも言ってる事さっきとまるで真逆じゃねーか。よく真顔で言い返せたな。恥ずかしいとかないんだろうなー。俺のぐーたらに対する思いが強いのと一緒で、エレナは甘味に対する思いが俺のぐーたらに匹敵するんだろうからな。
「理解してんなら助かる。もし今の件の連中だったら分かってるよね?」
「仕方ないわねー。お砂糖のためにー、お母さん頑張るわよー」
「最低でも銀貨5枚以上ね」
「それはー、ちょっと高すぎじゃないかしらー?」
「安いに決まってるじゃん」
救国の英雄と手合わせできるんだぞ? たとえ一瞬で決着がついたとしても、彼我の戦力差を感じる事が出来るだけでも十分すぎるでしょ。何せ死ぬ事が無いんだ。そこに文句があれば初めから挑まなければいい。
ヴォルフの時間は俺のぐーたらのためにあるのであって、有象無象の連中のためにあるんじゃないからな。時間を金で売ってやろうじゃないか。
「時々思うんだけどー、リックちゃんってどうしてそんなにお金に執着するのかしらー? これでもー、そんな風に育てた覚えはないのよー?」
「ある程度お金があればぐーたらに直結するからね。それに、こうなったのは2人がちゃんとしてないからだよ」
ありすぎると面倒事も近寄って来るんで遠慮したいけど、ほどほどに裕福なのはぐーたらにとって必要不可欠だからな。現状は圧倒的に足りないから普通に請求してるだけなんだけど、まさかがめつくみられてるとはね。ちょいショック。
「とにかく。これから来る連中が父さんとの手合わせだったらちゃんとお金とってね。じゃないと砂糖の世話が頑張れなくなっちゃうかも?」
「あらー? それは一大事じゃないー。でもねー……そういう事をやるんだったらー、時と場合。それと相手を選ばないと駄目よー」
相変わらずのにっこり迫力は凄いねー。中身がおっさんだからまだビビる程度で耐えられるけど、普通の5歳のガキだったらチビリながらギャン泣き――いや。どっちかって言うと気絶すっかもな。
「一応覚えておくよ」
とは言え、この程度の脅しに屈してるようじゃぐーたらライフなんて一生送れないからな。スルースキルくらい身についてますとも。
そんな感じで2人リビングでボケーっとしてると、まだまだ魔力は遠いけど玄関辺りがにわかに騒がしくなってきたんで、エレナに引きずられるように2人で行ってみると、そこには不思議そうな顔をしたアリアと、珍しく神妙な面持ちの副会頭が居た。
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