第280話

「はふぅ……」


 昼飯を食い終わり、数時間食休みのためのテーブルに突っ伏してぐでっとしてたら、サミィが何故か満面の笑みで俺の対面に腰を下ろした。


「さてリック。頼まれてた調査の報告をするよ」

「それは別にいいんだけどさ。なんで嬉しそうなの?」


 別に楽しくなるような仕事内容じゃなかったはずなんだけどな。一体何があったんだろう?


「そう見えるかい?」

「うん。何か良い事あったの?」

「何も無いよ。強いて挙げるとすれば、砂糖の追加があるからじゃないかな?」

「あーなるほど」


 たしかにそれなら納得だね。次の砂糖が出来るまで後ちょっと。一応そのタイミングに合わせて新しく甜菜畑を増設しなくちゃなんない事を考えると少し憂鬱になるけど、魔法でパパっと済ませられる分ちっとは楽でいい。


「えーっと。あまり詳細に内容を聞かなかったからどうしようか迷ったけど、取りあえず広場から遠い家を10軒ほど調べておいたよ」

「うへー。そこまでしなくてよかったのに」


 せいぜい5軒くらい調べてくれれば良かったのにまさかの倍。どうやったのか次第だけど、最悪全部に取り付けなくちゃなんなくなるかもと考えるだけで、元々無かったやる気がより一層なくなってマイナス方向に振れてます。


「あはは……ま、まぁ家主に直接聞いたわけじゃないから、もしかしたら全部にやらなくても良いんじゃないかな?」

「サミィ姉さんは自分がどれだけ人の目を引き付けてるか理解してない訳じゃないでしょ。何人目撃者がいると思ってるのさ」


 サミィの女子人気は凄まじいの一言に尽きる。このせいで、一体何人というおば――じゃなくてお姉さん方にその行動の一挙手一投足を見られてたと思ってるんだか。

 てっきり俺のぐーたらを理解してくれてるモンだとばっかり思ってたのに、これは酷すぎる裏切りじゃないか?


「これでも少なく見積もったつもりだったんだけど、リックからするとまだ多かったんだね」

「当たり前じゃん。半分でも多いくらいなのに、まさかの倍だなんて……もう少し俺のぐーたらについて考えて欲しかったよ」

「ゴメンね」


 まぁ、やっちゃった以上は仕方ない。文句を言った所で時間は戻らないし、ちゃんと説明しなかった俺も悪いからな。サミィだけを責めるのはお門違いってやつだろう。


「取りあえず教えて」

「口頭でいいのかい?」

「板に書いて」


 仕事となってる時点で、内容が一切頭に入らなくなるのは分かり切ってる事。だから記憶が必要ないように土板を作ってそこに簡素な村の全体図を彫ってサミィに差し出す。


「助かるよ。えーっと……」


 記憶を頼りに板に文字をガリガリ掘る光景をボケーっと眺める事5分ほど。あっという間に終わったそれに目を通して、またやる気がガクッと下がった。


「随分とバラバラなんだね」

「ああ。ボクも一通り調べてみて同じ事を思ったよ。そして、絶対にリックが嫌そうな顔をするだろうなーって」

「その通りだねー」


 せめて一箇所に固まってればという期待はこの地図で粉々砕かれた。


「なんだったら手伝おうか?」

「その提案は嬉しいけど、俺にしか出来ないからその言葉だけ受け取っておくよ」


 コレが誰にでも出来れば、俺もここまでガッカリしないんだけど、サミィみたいに住人1人1人寒さへの耐性が違うだろうから、1つ1つ威力を調整する必要が出て来るのは間違いない。

 それを10軒分……マジで超面倒臭い。


「さて……と。それじゃあやっちゃいますかね」

「えーと……頑張ってね?」

「母さんに、しばらくは夕飯は手伝えないって言っといて」


 とりあえず1日で終わらせるのは不可能だ。ぐーたら力の関係もあるけど、1番の問題は冷房の微調整。これがちょびっと難しいんだよね。

 扇風機として使ってた風の魔道具と違って、氷の魔法陣を使った冷房は当然その涼しさが桁違いだからね。1℃の違いが日常生活――ひいては子作りによるぐーたらライフにまで影響を及ぼしかねんからな。その辺の妥協は、ぐーたら神も許さないと眉間にシワを寄せてます。


「うあー。超ダリー」


 ノロノロと土板に乗り込み、チンタラとした速度で村へとやって来た。

 チラチラと周囲の村人に目を向けると、どう言う訳だか大部分の連中は不思議そうに首をひねるだけ。

 ちょっと疑問に感じながらも、取りあえず広場から1番遠い家へ。


「おーい。もしもーし」

「はいはいちょっと待っててねーっと――ってリック様! ど、どうしたんですか? 夫が何か粗相でも働きましたか!?」

「まぁまぁそう焦んなさんなって。広場から遠い家から順にある程度の家に冷房設置するよーって話。サミィから聞いてない?」

「えーっと……一応聞いてはいますけど」

「なら話が早い。調査の結果、ここが広場から1番遠い家って事で、見事選ばれましたー。いめでとー」

「は、はぁ……有難うございます?」

「じゃあさっさと終わらせちゃうからねー」


 勝手知ったる人の家――ってことで、ズカズカ入り込んで適当な場所にってのはマズイか。


「どっか付けたい場所とかある?」

「そうですね……どこでも良いんですか?」

「いいよ」


 別にどこに付けようが面倒な事に変わりはない。なので家主の好きな場所に付けるのがいいでしょ?

 なのでしばしボケーっとする。自分で作っておいてなんだけど、そう広くもないから設置場所なんて決まってるようなもんじゃないかなーって考えてると――


「ここにお願いしていいですか?」

「はいよー」


 場所が決まったら次は出力。魔法でぺぺっと取り付けたら魔法陣をセットしてすぐに試運転。一応俺が常時身体の周囲に展開してるくらいの威力を参考にした風力が出るわけだけど、果たして反応はどうかな?


「涼しいですね」

「強い? 弱い?」

「個人的にはちょうどいいと感じます」

「大丈夫? 後で寒くなったから調整してって言って受け付けないからね?」

「それも覚悟の上です」


 うーん。一応領主の息子なんで遠慮してんのかも知んないけど、これ以上迷惑をかけらんないとか思ってくれたのかな?


「まぁ、そっちが言いて言うなら良いけどね」


 問題がないならもう1軒行こう。

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