第279話
「さて……最後にここかぁ」
畑仕事を終え、後に残ったのはおばばの所に顔を出す事なんだが、俺が顔を出さないって時点でまだ準備が終わってないと思わんのかねー。
「あらリック様。お店の前で何ブツブツ言ってるのかしら?」
考えてるだけだったと思ったけど、どうやら口に出てたらしい。振り返ってみると、おばばの弟子のアレザと、薬師見習いがいた。
「ん? そっちこそ店開けてどこ行ってたの?」
「検診」
「そうなの。どっかの馬鹿が暴れて怪我をしたからすぐに来てって言うから、仕方なく2人で行ってたのよ」
「ふーん。それで? そいつの怪我は大丈夫だったの?」
「平気」
「本当に。あの程度の怪我であんなに大騒ぎするなんて、男のくせに情けなすぎてガッカリよ。あーあ。この村でいい男はグレッグさんくらいね」
はぁ……とため息を付くだけでも本当に妖艶に映るよなぁ。
この見た目に大の男をなぎ倒す腕っぷしの強さがありながら、何で薬師目指してんだろ。
「なんでアレザはおばばの下に弟子入したの?」
「あらリック様。女の過去を詮索するなんて、少し早いわよ」
なんて言って誤魔化されてしまった。まぁ聞き方も悪かったから仕方ないとは言え、おかげで変な勘違いをされたのはちょっと痛いな。
「だったらいいや。所で、その怪我人って大丈夫って事でいいんだよね?」
「いい」
「そうね。そもそも大した怪我じゃなかったから問題ないわよ」
怪我が原因で病気になって、そのまま死んじゃったりしたらぐーたらライフが遠のくからね。そういう事をしたら、おばばの説教が待ってるし、俺からもちょっと厳しい罰を与える予定だけど、その心配はなさそうだ。
「それで? リック様は師匠に何か御用かしら」
「アリア姉さんからおばばが呼んでるって聞いてきたんだけど、今大丈夫な感じ?」
「それ――」
「そうねぇ。出て行く時は何もしてなかったはずだから、多分大丈夫じゃないかしら」
ふむ。どうやら報連相に不具合が生じてたっぽいけど、特に怒ってたりする様子はなかったらしい。
まぁ、万が一ブチギレてたとしても、全部をアリアとそんな脳筋に伝言なんかを頼んだおばば自身を恨んでもらうしかない。
「師匠。帰りました」
「帰還」
「なんだい随分と遅かったじゃないか。患者はそんな大怪我だったのかい?」
「大した事ありませんでした。そんな事よりも、リック様が来てくれましたよ」
「おっすおばば。元気そうで何より」
軽い感じで挨拶したら、こっちを発見したおばばの表情がみるみるうちに怒りに歪み――
「遅い! 一体今まで何してたってんだい!」
建物全体が揺れるくらいのとんでもない怒号を張り上げたのは割とどうでもいい。だってそれはアリアなんかに任せたおばばが悪いからだけど、アレザや薬師見習いに機嫌どうよ? 的な事を聞いたら平気そうだって言ってたような気がするなーと2人に目を向けると、一方はその妖艶さからあんまり似合わない舌をペロッと出してゴメンねとでも言いたそうに手を合わせてたが、もう一方はボケーっとしたままだった。
「坊主! 話聞いてんのかい!」
理由は後で問いただすとして、今はおばばの相手をしないとな。怒鳴り散らして血管プッツン。なんてなったら優秀な薬師がいなくなって、村の健康や怪我の治療にレベルは下げたくないからな。
「んー? 聞いてる聞いてる。理由は普通にぐーたらしたりぐーたらしたりぐーたらしてたからだね」
「こっちが言ってあった要件は一体どうなってんだい! あれからなんの音沙汰もないってのはどういうつもりなのか説明してもらおうじゃないさ!」
「どういうつもりって言われてもねぇ……単純にまだ準備が整ってないだけだけど?」
「一体何時まで待たせんだい! あんまり遅いとぽっくり逝っちまうよ!」
「そう? 結構頑丈そうに見えるけどね」
正直エルフ説を疑ってるくらい見た目に全く変化がないからな。今みたいに怒鳴り散らして体に余計な負荷をかけたりしなかったら、俺より後に死ぬんじゃない? って気がするくらいマジで元気そうだけどな。
「誤魔化すんじゃないよ! 一体いつになったら倉庫にあの魔道具が付くんだって聞いてんだからさっさと答えな!」
「えーっと……サミィ姉さんに広場から遠い家を調べてもらってて、そこから設置したりなんだりと時間が掛かるからわかんない」
「ちょっとリック様。そこはちゃんと明言する所じゃないかしら?」
「無理。ぐーたらに生きる俺にとって、予定を立てるというのはかなりハードル――難度が高いからね」
つい最近、冷房を1週間で作るなんて事を言っちゃったせいで、随分と精神的に追い込まれてるからな。その反省を活かして迂闊に期限を設けた約束はしないように心がけているからな。
「だったら、次にあのごうつく商人への卸はどう説明つけるのさ」
「あれはぐーたらと同じくらい重要じゃん?」
何しろ、食料を買う為には金が必要不可欠。それを手に入れるためには、多少なりともぐーたらを犠牲にせなばならない。
だって生きるには、飯を食って水を飲んで十分な睡眠を取らなくちゃなんないからね。いくらぐーたら道を極めんとしてる俺でも、仙人のように霞を食って生きてるわけじゃないからね。そりゃあ頑張りますとも。
一方で、薬草庫に冷房を付けるっていうのはぐーたら力を犠牲にしてまでする事じゃあない。なんでやる気が全く起きないんだよねー。
「そんな訳だから、気長に待っててよ」
この間ハーフエルフが帰ったから、ルッツが来るまでだいたい半月くらい。商人見習いとの約束と比べれば随分と猶予があるように感じるのかもしれないが、誰かに決められた期限を守るってのはぐーたら道に反するから絶対に言質は取らはせんぞ!
「凄いわね。師匠を相手にここまで自分の意思を曲げないのはリック様くらいよ? 領主様だっておばばの要求には結構応えてくれるのに……」
「父さんはおばばに与えてもらってる側だけど、俺はおばばに溢れんばかりの良い薬草を与えてるじゃん? つまり対等ってわけよ」
エルフ謹製なうえに採取間もない鮮度。恐らくだけど、王都に店を構えてもうち以上の数と品質を揃えるのは不可能だろう。
そんな薬草を、湯水のごとく使えるという環境は世界広しと言えどもここくらいじゃない?
「あー……それを言われるとぐうの音も出ないわね。おねえさんもリック様のおかげで少しは上達させてもらってるもの」
「でしょ? じゃあ待たないと。おばばもいろんな実験したいでしょ?」
「食えないガキだよ。瓶に水を忘れんじゃないよ」
さて。取りあえずこの場を上手く乗り切る事が出来たけど、次に冷房設置が待ってるんだよな。
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