第248話
「……めっちゃうるせぇ」
いつも通りの朝。ぐーたらし足りない身体を無理矢理起こして水魔法で軽く顔を洗ってしばしぼーっとする。
その間も、庭の方からカンカンギンギンとやっかましい音がひっきりなしに鳴り響いてて、毎秒ストレス値が上がり続ける。
原因は分かってんのよ。あのハーフエルフとアリアの手合わせだ。
結果は当たり前だけど、ハーフエルフが勝ちまくってるらしい。らしいってのは、興味のない俺にはどうでもいい情報だけど、夕飯時にアリアが滅茶苦茶楽しそうに話すもんだから嫌でも耳に残ってるんだよなー。
そして、そんな風に興奮してるアリアを見てなのか、珍しくヴォルフが不機嫌そうに眉間にしわを寄せてたっけ。
あれはきっと――自分の方がアリアに訓練してるのになんだよという嫉妬だろう。
「さて、1つ作るか」
ぼーっとしたくても音がうるせぇからイライラして集中できないから、魔道具作りに充てよう。
って訳で、亜空間から円盤を取り出してじーっと眺めて集中。魔法陣のイメージが鮮明になればなるほど不思議と雑音が小さくなっていく。この境地をぐーたらしてる時に出来たら最高なんだけど、まだまだ修行不足を痛感するなぁ。
「……よし。完成」
とりあえず1枚できた。後は明日また作るとして、さっさとキッチンに行ってエレナの手伝いでもすっかね。
「うん。大丈夫だね」
昨日の二の舞にならんようにゆっくり戸を開けて無事なのを確認してのんびりゆったりキッチンへ行こうと思ったら、進路上リビングを通る訳で何気なくちらっと中を覗いてみると、そこには窓際に立ってるヴォルフが居た。
なんか物々しい雰囲気だなーとぼんやり思ってると不意にサミィと目が合った。
「おはよーサミィ姉さん」
「おはようリック。やっぱり起きてたんだね」
「そりゃあこんだけうるさければね。で? 父さんどうしたの?」
「気にしなくてもいいよ。アリアが相手してくれなくて拗ねてるだけだから」
「ふーん……分かった」
別に俺に実害があるわけでもないし、何か良からぬことを企てたりしてもヒエラルキートップのエレナが説教すれば1発で水の泡となる運命だしね。
「リック。話がある」
「なに?」
「さっさとぬいぐるみを作ってあの騎士を追い出せ」
「それは無理かなー? 細かいし意外と手間が多いから」
今回のはざっくり全体像を見ただけでもめっちゃ細かいからな。手間が多いのは事実だけど、魔法でやればそう難しくはない。時間がかかるのは単純にやる気の問題だね。
「父さんの言う事が聞けないのか?」
「別に訓練の10や20別の人がやったところでどうでもいいでしょ。声デカ伯爵の所でだって、そこの騎士連中と訓練したとか言ってたじゃん」
「あれは父さんも混じっていたから問題ない」
「じゃあグレッグは?」
「奴は身内だ」
「じゃあギンはどうなのさ」
「むぐぐ……」
やれやれ。あっさり論破してしまった。そもそも何で拗ねてるのかさっぱり理由は分からんしね。そういうのに付き合ってられるほど今は暇じゃない。
「じゃあ俺は母さんの手伝いに行くから」
「今日もおいしいごはん楽しみにしてるよ」
「任せてー」
ひと悶着あったせいで少し遅れちゃったな。怒られた場合は一切の躊躇いなくヴォルフを売ろうと決めてキッチンへ。
「おはよー母さん」
「あらリックちゃんおはよー」
……うん。どうやら怒ってないようで一安心です。
「手伝うよー」
「あらありがとー。ところでー、お父さんどうしてたかしらー?」
「知ってるんだ。窓を開けて裏庭の方をずーっと眺めてたよ」
「そうなのねー。全く困った人だわー」
「本当だねー」
なんて雑談をしながら淡々と調理を続ける。今日はすいとんです。
「ところで、父さんのあんな姿初めて見るけど?」
「あらそうなのー? でもあれは割と普通なのよー」
「にしてはグレッグとの訓練の時はあんなにならないし、伯爵領からの帰りに迎えに行った時も特に機嫌が悪そうじゃなかったよ?」
「グレッグちゃんは村の人という感覚だからでー、伯爵様の方は時間が経過してるからよー。きっとあちらでは随分な数の騎士たちが訓練と称して叩き潰されたでしょうねー」
なんてニコニコしながらさらっと物騒な事を説明してくれる。意外だな……酒カスのヴォルフが娘馬鹿だったなんてね。普段の生活からは想像しがたい一面だ。
「意外だ……お酒にしか興味がないんだと思ってた」
「……本当にあの人はダメねー」
さて、そろそろご飯も出来たんでアリアを呼びに行きますかね。
「じゃあ姉さん呼んでくるねー」
「お願いねー」
のそのそとした足取りで家を出て裏庭に行ってみると、なぜかリビングにいたはずのヴォルフが仁王立ちでハーフエルフとアリアの訓練の様子を、随分と鋭い目つきで眺めてるじゃないか。
「父さん何してんの?」
「見学だ」
「にしては物騒な目つきだけど?」
まるでその眼光だけで人を殺せるんじゃないかってくらいだな。
「……」
「何がそんなに気に食わないの? 男だったらまだしもあの騎士は女じゃん」
「……なんだと?」
「え? 気づいてなかったの? っていうか理由それ?」
どうやら、どこにでもいる一般的な父親と同じように娘に近づく虫を駆除したかっただけらしい。
ってかどうして気付かなかったんだ? 何度かやり取りしたし俺との会話なんかも聞いてたはずなんだけどな? フルフェイスの兜だから若干声がこもってかもだけど、ちゃんと女って分かるくらいには高い声質だったけどな。
俺のそんな指摘に対し、ヴォルフは急にだらだらと冷や汗をかき始め、ゆーっくりと視線を俺からそらすように明後日の方を向き始めた。
「父さん……仮にも英雄でしょ? 見た目で男か女か分かんないの?」
「う、うるさい! 戦場から離れて大分経つんだ。感覚も鈍るだろ!」
「はいはい」
とりあえず馬鹿らしい誤解は終わったんで、水魔法で2人を押し流して朝食の時間になった。
その時、ヴォルフの恥ずかしい勘違いを暴露してやったらエレナは随分と面白そうに笑ってたところを見ると、もしかしたら気付いてたのかもねー。
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