第173話

「——ク様。リック様」

「……んぁ?」


 久しぶりのハンモックについついぐーたらしてしまった。邪魔されるのは非常に癪だが、腹具合からして昼が近いので起こしてもらって丁度いいくらいだ。危うく寝過ごすところだったしな。


「ふあ……っ。やっぱハンモックは最高だ」

「こんな炎天下で快適に過ごせるの、リック様だけネ」

「他の土地なら大丈夫じゃね?」

「だとしてもヨ。それよりキノコ無いのはどういう事ネ?」

「……あぁ。ぐーたらしてて忘れてた」


 品質検査が終わったら取りに行こうと思ってたんだけどすっかり忘れてたな。とはいえ2・3日余裕があるから急がなくてもいいんだが、うっかり忘れちゃいそうなんで昼飯食ったらさっさと行くとしますかね。


「おはよー」


 キッチンに顔を出すと、エレナが昼飯の準備をしていた。今日は具材たっぷりのつみれ汁か。このクソ暑い中で食うのはなかなか根気のいる作業だけど、俺の氷魔法があれば一瞬でご褒美のぬくもりに早変わりよ。


「あらー。また寝てたのー?」

「んー。ハンモックが戻ってきた嬉しさでね」

「そうなのー。それはよかったわねー。はいこれ持って行って」

「へーい」


 スープが入った皿を無魔法で浮かせながらリビングに行くと、普段であればエレナが座ってる上座にロリ伯爵がちょこんと鎮座してるじゃないか。

 この時間にここに居るって事は、俺らと一緒に飯を食うって事でいいんだよな?


「なんで居るんです?」

「あら? 招待されたら顔を出すのが貴族というものよ」

「勝手に来たのにですか?」

「そうね。でも、友好を深めるのもいい事だと思わないかしら?」

「まぁいいんじゃないですか?」


 今の領主代行はゲイツに丸投げしてあるんで、ゲイツがNOと言わなければ俺にこれ以上言う権利はないし、この領地と友好を結んでくれるのはありがたいんじゃないかな? 俺個人は御免被るがね。


「じゃあ……サミィ姉さんからどうぞ」

「おや。ありがとうね」


 こういう時のルールがあるか知らんが、一応毒見役としてサミィに白羽の矢を立てた。安全なのは鑑定魔法で見るまでもなく理解してるんだけど、さすがにゲイツにその役目を押し付けるのはこの世界的常識からみても駄目っぽいだろうとして除外したんだけど、全員の反応的にはなんか違うっぽいのかな?


「ふふ……随分と気を使ってくれるのね」

「まぁ、一応はお客さんですしね」


 ロクな報せも寄越さず、砂糖の真意を探るためにやって来たとはいえ客人に違いはないからな。毒殺の有無に気を使うくらい、ぐーたらには大した影響はないからな。


「けど大丈夫よ。高位貴族にもなると、解毒の魔道具や毒検知の魔道具を常備しているから」

「ほぉほぉ。そんな魔道具もあるんですね」


 俺は鑑定魔法があるからさして興味はないけど、あのキノコ共が水に毒をまき散らしたみたいなことが起こった時の為に何かいい方法はないかなと思っていたらこんなところに答えがあるとはね。


「リック。スープを運ばなくていいのかい?」

「おっとそうだった」


 毒検知の魔道具に興味は尽きないけど、エレナを蔑ろにするのはもっとマズいので少し急ぎ目にキッチンに戻ると、ずらりとスープの注がれた皿が並ぶという無言の圧が待っていた。


「遅かったわねー。リックちゃーん」

「いやー。伯爵からいい話が聞けてね。じゃあ持っていくねー」

「終わったから一緒に行きましょうねー」

「……うーい」


 逃げたかったんだけど許してくれそうにありません。とはいえ、怒りのボルテージ的にはそこまで高くないので少しグチグチと文句を言われた程度で済みました。


「はいどうぞー」


 毒見が済めばゲイツ・ロリ伯爵の順に皿を置く。何の用意もなくこんな辺鄙な土地にやって来たんだ。料理に文句をつけられる筋合いはないし、なんとなしにルール違反だろうって思う。


「……アークスタ伯爵。何か不手際があっただろうか?」


 そう言うてゲイツの不安げな声色に、ロリ伯爵に目を向けるとなんか変な目でスープを眺めてるじゃないか。


「飯に文句があるなら、自分で用意してもらえます?」

「魔法で給仕されるなんて経験、初めてだから驚いただけよ。いつもなのかしら?」

「だって歩くの面倒じゃないですか」

「ふふ……そんな理由で魔法を使うのは君くらいじゃないかしら?」

「ぐーたらライフには重要なんで」


 日々1歩の削減に勤しむ事がぐーたら神への祈りへと変わる。この日々の積み重ねによって今の俺があるからな。


「ぐーたら?」

「リック独自の言い方です。我々は怠けと捉えています」

「失礼な。そのおかげでこうして熱期にも涼しく暮らせるんだけど?」


 快適な環境はぐーたら神がお喜びになられる行為。そこに手を抜くなど、敬虔な信者であり段位者である俺がするわけがない勤勉ぶりのおかげで、毎年大豊作で高品質の麦を納税できているんじゃないか。怠けを言われるのは心外だなー。


「勿論、君の魔法には感謝しているさ。しかしだね。ボク達からするとぐーたらも怠けもあまり変わらない認識だからね」

「甘いねサミィ姉さん。怠けにこんな快適空間を作れるかい? 麦をあんな農地であれほどいい物を育てられる?」

「……無理だね」

「でしょ? そう考えれば、ぐーたらは有益な存在。怠け者は害悪。という明確な線引きがされるのであるという事を結構な頻度で滔々と語ったはずなんだけど?」

「はいはーい。お話しもいいけどご飯が冷めちゃうわよー」


 うむむ……このまま骨の髄までぐーたらライフについて教え込んでやろうと思っていたのに、エレナからの横やりで中止になってしまった。まったく……ゲイツもだけど、これだけ一緒に暮らしててまだ理解してくれないなんて悲しいね。


「いただきまーす」


 うん。ウルフのつみれから出る脂と乾燥野菜の出汁が混じって美味い。しかしこれも数か月たてば、人参とジャガイモにトマトをピューレにすれば違った味わいのスープになる。うんうん。新しい味が食えるのはありがたい事だ。


「あら……これはウルフ肉? にしては随分と柔らかいのね」

「魔法で粉微塵にしてるからですかねー」

「君は料理にも魔法を使うのね」

「ぐーたらライフのためには必要な事ですからねー」


 とにかく楽に生きる。これこそぐーたらライフの神髄よ。その為に魔法の腕を磨いて魔力量を増やしてるんだからな。


「そんな魔法の使い方をするだけの魔力量があるのね」

「当然。ぐーたらの為に手を抜くのは、敬虔な信者としてはあるまじき行為ですんで、日々どうしたらぐーたら出来るかを考えるのが大変なんですよ」

「……ところで、ヴォルフ卿はどちらに?」


 む……せっかく聞いてきたから答えたのに話を切り替えやがった。


「父はアッシュフォード伯爵が開かれたパーティーに参加し、今は帰路の途中かと」

「あらそうなの。それは申し訳ない時に尋ねてしまったようね」

「本当ですねー。普通なら手紙の1つでも寄越して予定のすり合わせとかするのが普通なんじゃないんですかー?」


 普通に考えればそんな事をしていいはずがないと思う。伯爵と男爵で格が違うと言ってもこれは明確に礼儀知らずな行為としか言えない。前世でも予告なしに会社の上司が家にやって来るとか、トチ狂ってるとしか思えないだろう? 今の俺はそんな気持ちです。


「それに関しては後日埋め合わせをさせてもらうわね。今回尋ねたのは少し急ぎの用事があるからなのよ」

「急ぎの用事……ですか?」

「砂糖の件でしょ?」

「それもありますが、それとは別にもう1つ用事があるのだけど――この続きは食事を終えてからにしましょう」


 ちらっとエレナに目を向けると、ニッコリ笑顔にほの黒いオーラを纏っている。どうやら無駄話はお好みではないらしいので、これ以降は全員が無駄な話をする事なくお通夜のような空気感のまま昼食が終わった。

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