第29話
「で、これが完成したって馬車か」
「そ。だから乗って」
最後の実験としてヴォルフを引っ張り出した。見た目は今まで使ってた馬車と何ら変わらないように見えるだろうが、中身は今持てる魔道具知識を生かした乗り心地良く馬への負担も少ない高性能馬車へと生まれ変わっている。
「……爆発したりしないだろうな」
「何を期待してるか知らないけど、そういった事は起こらないよ。サミィ姉さんにも事前に乗ってもらってるから危険はないって」
「そうですよ父上。むしろボクが王都へ行くときに乗っていた馬車と比べるととても乗り心地が良くなっております」
「姉さんもこう言ってるからさっさと乗って。救国の英雄がこんなことでしり込みしないでよ」
ぐいぐいとヴォルフを馬車へと押し込み、椅子に座らせる。サミィの場合は魔道具を起動させるために俺も同乗したが、魔法が使えるヴォルフには不要な物なのでやり方を説明するとすぐに椅子に置いた板が浮いた。
「おぉ……本当に魔道具を作り上げたんだな」
「そう難しくなかったからね。でもちょっと威力が足らないかな」
うーん……やっぱりヴォルフほどの重量になるとサミィに合わせた浮力じゃ弱すぎるか。とは言えそれが何とか出来るほど資材が豊富な訳じゃないからな。こういう場合は大人に我慢してもらう他ない。
「じゃあ次は走破力を体験してねー」
急ごしらえの凹凸道を走り終え、ヴォルフが何とも微妙な表情で降りてきた。
「ダメだった?」
「いや……かなりいいな。あれほどの悪路を走ったにもかかわらず揺れがあまり感じられなかった」
「そりゃよかった。じゃあ馬車はこれで決定でいいね?」
とりあえず馬車に関しては合格らしい。見た目も多少サイズアップをした事で所々に土色が見えるけど、これはこれでシックな雰囲気があっていい馬車に感じる。
「そうだな。外観を見る限り、魔道具を使っていると分かりにくいが、ゴーレム馬はどうにかならないか?」
「俺はちゃんとゴーレムを使うよって提案したじゃん。それに、魔法で畑の事やってるって言ってあるんでしょ? だったら土で作ったゴーレムを走らせても問題ないと思うけど?」
事前にきっちり許可を取ってあるし、ヴォルフの忠告通りルッツから借りた馬も使ってるんだから何の問題もない。
「ああ。それに関しては問題がない。しかし……これを走らせるとなると魔力を常時消費する事になるが大丈夫なんだな?」
「余裕だよ。寝れば大抵何とかなるから」
ゴーレム馬一頭を一日中常時起動させ続ける程度でぶっ倒れるほど魔力量は少なくはないが、これはこれで効率の悪い魔法だ。
第一にオートにできないから常に寄り添ってないといけない。一応自立型にする方法もあるらしいんだけど、それをするためにはそこそこ大きな魔石が必要になるらしいから、今のところは小さい魔石でも起動する魔道具の方が重要案件。
「ならいい。見た目も魔道具製とは分かりにくいが……何を使ったんだ?」
「その辺の土で作った馬車に、元あった馬車の木材を薄切りにして張り付けてあるからそこそこ頑丈だよ」
「確かに随分と頑丈だな。これならワイルドボアの突進程度でも傷つかんかもしれんな」
頑丈さについてはお墨付きをもらった。ワイルドボアがどんな魔物は知らんけど、名前を聞く感じだとイノシシっぽいんだろう。
「じゃあこれで大丈夫だね?」
「ああ。内装には魔石があるが、十分隠せる大きさだからな」
ヴォルフの許可も出たので、今日からこの馬車が村の正式な馬車に決定だ。まぁ、あまりに重すぎるんで馬1頭では引けないから、来年以降はルッツに2頭借りてもらわなくちゃいかんけど、儲けを考えると十分捻出できる範囲だろう。
「じゃあこれで馬車づくりおしまい!」
やっと終わった。欲を言えばやっぱりサスペンションだったりゴムタイヤだったりぐーたら出来る広々空間なんてものが欲しいけど、さすがに目立ちすぎるんでヴォルフからNGくらうのは明白だ。
「なら明日王都に向かうぞ」
「いきなり過ぎない? もっと準備とか必要だと思うんだけど?」
「ウチもルッツ達も既に準備は済ませてある。後はリックが水源を引っ張ってくるのを待つだけだったからな。後は明日まで自由にしてていいぞ」
「ふえーい」
さて自由な時間——いつも通りか。それが戻ってきたわけだけど、寝るには昼飯前なんで時間が少ないし、魔道具作りも論外。ってなるとやることがないな。
「どーすっかなー」
「ならアカネ起こしてほしいネ」
「んぇ? そんなの別に石引っぺがしておばばの薬飲ませればいいじゃん。薬はまだまだあるから分けるよ?」
あれからアカネはずっと眠って魔力量の底上げに精を出してる。今までやってきた魔法使いも多少は同じことをしてたけど、ここまで真剣に取り組んだ奴は初めてだ。大抵の奴は目覚めた時のエグイ倦怠感に音を上げるからな。
そして肝心の簡単石だが、魔力を持たない者にとっては無害の黒い石でしかないから、引っぺがすのは簡単なんだ。むしろそっちで勝手にやってほしい。
「なんでもリック様に話あるらしいヨ。だからついて来て欲しいネ」
「まぁ、暇んなったから別にいいよ」
って訳で止まってる家にお邪魔すると、相変わらずアカネが顔色を悪くしながらソファでぐ~すか眠ってるんで、その手から簡単石をはぎ取って、おばばの薬を無魔法で舌の上にダイレクトシュート。
「⁉⁉⁉⁉⁉」
「おっはー。なんか用があるって聞いてきたんだけどなに?」
「鬼ネ。喋れないのを分かって聞くなんて人の所業違うヨ」
「失礼な。しっかりと目を覚ますためにはベロの上に広げた方が効果的だからしただけだよ。こっちも内容如何ではお昼ご飯迫る中で間に合わないかもしれないって考えたらこれが最適解でしょ?」
「エレナ相手なら仕方ないネ」
「まぁ、このままだとかわいそうなんで水くらいはあげるよ」
それから2杯の水を飲んで少し落ち着いた。
「ふぅ……詠唱短縮のコツが知りたい……です」
「前にも言ったけど、面倒くさいって思いながら訓練する事だね」
「面倒という考え、理解しにくい……です」
「って言われてもなぁ……」
これしかやり方を知らんので、コツが知りたいと言われた所でほかに教え方がわからん。分らんので、俺の考えを理解してもらうしかあるまい。
「そもそも詠唱ってなんでするの?」
「……なんで?」
「ルッツはどう思う? 父さんと一緒に戦場に居たんでしょ? 味方に魔法使いくらい居たと思うけど、詠唱って長ったらしくてさっさと撃てやって思った事ない?」
「もちろん思た事あるヨ。でも、リック様と出会うまでは魔法ってそういうものだと思てたネ」
当然だね。ここは平和で多少詠唱が長ったらしくてもちょっと時間かかるなーくらいで済むけど、戦場では一瞬の遅れが文字通り命取りになりかねない。
そんな中で長ったらしい詠唱をつらつらとくっちゃべられるのはストレス以外の何物でもないだろう。
「その通り。ルッツが言ったように、詠唱なんかなくなって魔法はちゃんと発動するって事を知らないだけで、不要な物だとシッカリ理解すればおのずと短くしても何とかなる――と俺は思う」
「すごい適当ネ」
仕方ない。だって本当にそうやって詠唱がなくなったんだから他に言い方がない。
「詠唱が不要……」
「そう。詠唱なんて最初からなかった。この世界は最後の一節だけで魔法が発動する。それを何処の誰かが詠唱が必要だと勝手に作り上げたとか詠唱なんてクソくらえとか悪口でも考えながら練習あるのみ」
「ん……ありがと」
ふー。何とか納得させる事が出来てよかった。まぁ、実際に詠唱が短くなるかどうかは知らんが、そうなった時は才能がなかったとか言ってごまかせば納得するだろ。
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