ぐーたらライフ。~これで貴族? 話が違うので魔法で必死に開拓します~

開会パンダ

第1話

「突然の事で驚いとるじゃろうが、まずは謝らせてくれんかの。本当にすまんかった」

「はぁ……」


 360度広がる白い雲と青い空。そして腰を下ろすのは宙に浮く畳で、俺と訳も分からず頭を下げてきた爺さんとの間には飴色のアンティークちゃぶ台があって、上には程よい温度のお茶が入ってる魚へんの漢字がびっしり書かれた湯呑と栗羊羹が2人分あるんで、とりあえず一口。


「お? 美味い」

「じゃろう? なにせと〇やの栗羊羹じゃからな。好きなだけ食うとええ」

「へぇー。金持ちなんすね。じゃあ遠慮なく」


 そう聞くと余計に美味く感じる。なにせこんなお菓子を食うのは数年ぶりだ。

 大学を卒業して普通に就職したかったんだけど、雇われたのはこのご時世大して珍しくもないブラック企業だった事もあって、休みなしの薄給でそのほとんどが家賃に消えていくようなひもじい生活を送ってるから、甘い物なんて贅沢品は久しぶりだ。


「さて……それでは話をするがええかの?」

「おっと。お待たせして申し訳ないっす」


 十分に甘味を堪能させてもらい、お茶で一息ついたところで爺さんの話に耳を傾ける事に。

 なんでも――俺こと鈴木 一は目の前の爺さんに殺されてしまったらしい。


「なんで殺されたんすか?」

「地球の神との宴会で酔っ払ってちょっと……のぉ」


 聞かなきゃよかったなぁ。

 けど、そんな事をされた記憶が全くないという事を告げると、思い出すとその激痛に耐えられなくなるんで、すでにその辺りの記憶はゴミとして捨ててしまったのだとか。俺の記憶って一体……。

 まぁ、あのまま働いてれば遅かれ早かれ死んでただろうからそこまで未練はないけど、わざわざこんな場所まで連れてこられた意味が分からないと尋ねると――


「それはのぉ。ワシのせいでお主の魂が既に地球の生物としての転生が受け入れられんようになってしまったからなんじゃ」

「どういう事っすか?」


 目の前にいる爺さんは地球とは別の世界の神様らしく、俺を殺した際にその別世界の力が混じってしまって、それを吐き出さない限りは地球での輪廻転生は不可能らしい。


「じゃあ俺はどうなるんすか?」

「ワシの世界で新しく一人の人間として生きて死んでもらうしかないんじゃよ」

「つまり、異世界転生って奴ですか?」

「そうじゃ。今日本で流行っておる異世界転生じゃ」


 おぉー。まさかあの噂の異世界転生の権利が俺にやって来るとは。

 確かにブラック企業に勤めてたりしたけど、そんな人間はそこら中に居る。

 その中から、宝くじが当選するみたいな確率で俺が選ばれた。うーん……運がいいんだか悪いんだか。


「まぁいいか。それで? 俺はどんな場所に転生するんですか?」

「好きな場所を選ばせてやるぞい。全面的にワシが悪いからの。ある程度のわがままは聞いちゃる」

「転生先はどんな世界なんですか?」

「剣と魔法の中世世界じゃな。魔物もおるからそこそこ危険じゃ」

「と言う事であれば、やっぱ貴族かな」


 生前は貧乏暇なしと言わんばかりのハードワークだったからね。次の人生は安全な場所でのんびりゆったり過ごしたいし、ある程度甘い物や美味い料理に舌鼓を打ちたい。後はやっぱ綺麗な彼女が欲しい。ハーレムなんて贅沢は言わんから。

 となれば、選ぶのは貴族一択。それも貧乏過ぎず裕福過ぎない男爵か子爵あたりがねらい目だと俺は思う。あくまでイメージだが、上位貴族は裕福だがお稽古とかパーティーとかマジ面倒そうだしね。


「そうじゃなぁ……その条件に当てはまる貴族は居らんのぉ」

「じゃあ貧乏でもいいです」

「そうなると、ちょうど男爵の次男に空きがあるわい」


 その両親はとある王国の端に領地を持ってるらしいけど、どうやら戦争で活躍した傭兵が貴族として取り立てられたらしく、後ろ盾もなければ味方してくれる貴族もいない結果。この男の武功で傾きかけた国が持ち直すまで至ったというのに、与えられた褒美は村が一つあるだけのやせ細った広大な土地。

 そんな男爵の次男か……健康的に過ごせてさえいれば、いずれ領地を受け継ぐのは兄貴になるだろうから、俺は貧乏領地に縛られる事無く悠々と暮らしていけるかな。


「そこでいいです」

「ふむ……ほかに欲しいモンはないかの?」

「なら魔法が使えるようになりたいですね」

「ではあらゆる属性魔法が使えるようにしてやろうではないか」

「おぉ……ありがとうございます」

「まぁ、キッチリ訓練せんといかんがな」

「まぁ、赤ん坊からスタートなら時間は相当あるから大丈夫でしょう」


 ちなみに訓練方法だが――

 まずは魔力を感じるところから始まり。

 次に属性を理解。

 その後に詠唱を記憶。

 最後に魔力量を増やす。

 これをする事で、才能如何にもよるらしいけど自由自在に魔法が使えるようになるんだとか。


「さて……一応これで終わりじゃが、何か言い残した事は無いかの?」

「そうですね。貧乏を脱却するためにどの程度までやっていいのか伺っても?」


 貧乏でぐーたらするのはさすがに気が引ける。

 かといって領地を豊かにしすぎると他の貴族に目を付けられる。

 一番の問題は領主になっちゃう事だ。それだけは避けないといけない。

 俺は程々の豊かさで死ぬまでぐーたらしたいだけ。

 詳しく言うなら、三食昼寝付きおやつアリ。労働時間は一日三時間。これが理想かな。

 王都にも旅行程度でなら行ってみたいし、ルー〇みたいな魔法が使えれば世界中に遊びに行ける。

 汲み取り式だったら水洗トイレにしたいし、風呂だって毎日入りたい。

 冷暖房は……魔法で何とかなるとして、いざって時の自衛力としてミサイル開発――はやりすぎかな。


「そうじゃのぉ……やりすぎるようじゃったら一応注意に来るわい」

「分かりました。それじゃあ最後になるんですが、生物を殺しても平気な様にしてもらえます?」


 生前は虫を殺すのが精一杯だった俺としては、魔物と聞いていくつか思い浮かんだ中にゴブリンが居た。

 スライムだの一角ウサギだのはまだ頑張ればいけるかもしんないけど、さすがにあれは無理。どうしても人殺しと言う一文が脳裏をチラつく。

 魔法なんて力があってもそれを殺意を向けてくる相手に使えないんじゃ宝の持ち腐れだしね。


「そうじゃったな。お主は日本人じゃからな、無理もあるまい」

「お世話かけます」

「なんのなんの。元をたどればワシがした事じゃ。では達者で暮らすんじゃぞー」


 そんな言葉を最後に、俺は雲海から真っ逆さまに落ちて行った。

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