9.
どうしよう。私は、ちらりと隣に立っている兄さんの顔を盗み見る。
すると。
「ふざけんなよっ……!!」
兄さんの喉奥から、ひどく低い声音がもれる。瞳はいつも以上にぎろりと光り、兄さんは手に持っていた刀の柄をつかみ鞘を引っこ抜くと白刃をひらめかせた。そして私の右手をつかむと、ぐいと引っ張って……。
「どけーっ!!」
「みっ、道松兄さん!?」
兄さんは本気だ。兄さんはぶんぶんと刀を振り回しながら人の壁に向かって突進する。ジャマする人がいたら躊躇なく斬り付ける気だ。
私は、
「どいてーっ!!」
と心の底から叫ぶ。どうか兄さんを犯罪者にしないでっ!!
私の願いが叶ったのか、使用人達はすんなり道を開けてくれる。兄さんと私は勢いを殺すことなく、どんどん突き進んで行く。
だけど出口である門まであと少しという所で、突然目の前に壁が現れた。
その壁の正体は、
「おじいさん……」
おじいさんを前にして、兄さんの足がようやく止まった。兄さんは、おじいさんのことを鋭く睨み付けた。
「よくも妹を誘拐してくれたな……!」
「誘拐だと? 人聞きの悪い。家に招待しただけだ」
「無理矢理連れて来て招待だと? はんっ、笑わせるぜ。相変わらずやることが姑息だな」
「こうでもしないと、お前が来ないからだ」
「当たり前だ! 誰がこんな腐った所に好んで来るもんかっ!!」
「腐っている、か。お前こそ、その小娘が妹だと? ……本当にそう思っているのか?」
今度はおじいさんが、兄さんのことを強靭な瞳で睨み付ける。
おじいさんは、相変わらず鋭い目付きで私のことをじろじろと眺めて、
「バカバカしい!」
そう吐き捨てた。
「腹違いの兄弟が集まって一緒に暮らしているなど、みっともない! いい加減、戻って来い! これ以上、豊島の名に傷を付けるな」
「お前は何のために生まれてきたんだ!」と、おじいさんはより声を荒げさせる。そんなおじいさんの態度に、私の中でぷつんと糸のようなものが切れた。
何なの、何なんなの……?
無関係の私が口を挟むのはどうかと思って、黙って聞いていたけど。それじゃあ、まるで道松兄さんが豊島家の跡を継ぐ以外に存在意義がないみたいじゃない……!
「くだらないっ……!」
私の口から思わず声がもれた。すると、おじいさんは一際瞳をとがらせた。
「くだらない? くだらないだと……?」
「ええ、そうよ。血なんてそんなもの、見たって分かんないのに。そんなくだらないものにばっかり、こだわって!」
私はきっぱりと言ってやる。ええ、何度だって言うわよ、くだらないって。
「私はえらくもすごくもないけど、でも、けど、どうかと思います。道松兄さんに復縁してほしい理由が、唯一本家の血を引いているから? ……子どものこと、なんだと思ってるんですか。
子どもは大人のための便利な道具なんかじゃない! そんなに体裁が大切なの? そんなに周りの目が大切なの!? 道松兄さんの気持ち、考えたことあるんですか? そんなくだらないものより、もっと大切なものがあるんじゃないんですか!?」
そうだよね。血なんてそんなもの、関係ないよね。私は自分に言い聞かせる。
私は道松兄さんの手首をつかんで、
「帰ろう、道松兄さん」
そう言って門目がけて歩き出す。
そんな私の背中に向けて、
「本当によろしいんですか?」
秘書さんは例の大金の詰まったアタッシュケースを掲げてみせる。
私はそれを鋭くにらみつけて、
「お金なんて、そんなもの、いらないっ!!」
無理矢理ケースを持たせようとする秘書さんの手を私は払い除ける。するとその拍子にケースが落ち、中に入っていた紙幣がばさばさと風にあおられ天高くへと舞った。私はその紙の行方を見守っていたけど、
「行くぞ」
道松兄さんが立ち尽くしていた私の腕をつかむと引っ張った。
私はその力に素直に従い、門へと向かう。だけど一度だけ、ちらりと振り返ると、気のせいかもしれないけど、おじいさんはなんだか寂しそうな顔をしていたように見えた。
屋敷の外に出ると、他のみんなも来てくれていた。梅吉兄さんは、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべさせて、
「見てたぞ、牡丹。お前、すごいな。天下の豊島家のご当主様に面と向かって説教するなんて」
と、けらけら笑った。
あれ……。もしかして私、大変なことしちゃった……?
どうしよう。今更ながら後悔してきた。私、すごく失礼なことをしちゃったかも……。ううん、それより道松兄さんの立場がもっと悪くなっちゃったかもしれない。
どうしようと悩んでいると道松兄さんが、
「牡丹」
そう声をかけ、
「お前、最高だな――」
にかっと笑った。
あっ……。道松兄さんの笑った顔、初めて見た。
普段のクールなイメージと違って、笑った兄さんの顔は、子どもっぽくって。ちょっとかわいい。
そんなことを思っていた私に、兄さんは、いつもの仏頂面に戻ると、
「おい、何やってんだよ。早く来いよ、牡丹」
そう言って私の手を取った。
それからしばらくして、私達はやっと家に帰って来られた。
私は見慣れた玄関を前にして、道松兄さんに手を引かれながら、「ただいま!」と元気良く中へと入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます