4.
一体どのくらいの時間、車に乗っていたんだろう。謎の車がようやく停まったのは、これまた大きな、本当に大きな屋敷の中で。塀はどこまでも続いていて果てが分からない。ぐるりと首を回すと、お屋敷だけでなく豪華な日本庭園までもが目に入った。
なんでこんなお金を持っていそうな人が、それも私みたいな大してお金を持っていない人間を誘拐したんだろう。
だけど私は特に目隠しをされたり、手足を拘束されたりはしてなくて、代わりにとある広い部屋に通された。状況が全く飲み込めず、取り敢えず座布団に座り込んでいた私の前に、お茶とお菓子まで運ばれて来る。
えーと、本当にどんな状況なんだろう……。
出されたお茶菓子に手を出すこともはばかられ、暇な私は呆然と部屋の中を眺め回す。室内は和室なのもあってか、こざっぱりとしているけど、でも、置かれている調度品は、どれもものすごく高級そうだ。あの掛け軸だって、いくらするんだろう。一千万円ぐらいするのかな。
そんなことを考えていると突然外側から襖が開いて、先程のおじいさんが現れた。
おじいさんは、太々しい態度で私の前に腰を下ろした。おじいさんの隣には、やっぱり高級そうな皺一つ見当たらないスーツに身を包んだ、メガネをかけた気難しそうな顔をした男の人が控えている。
その人は、私にぴしりと会釈してから、
「手荒なことをして申し訳ありませんでした」
丁寧に謝ってきた。
「実は、牡丹様にお願いがありまして」
「お願い?」
お願いって、初対面の私に? ていうか、それよりも、この人達は一体誰?
全く話が飲み込めない私は、
「あのう、あなた達は一体……」
そう問いかけた。するとメガネの男の人は目を丸くさせ、
「このお方をご存知ないのですか?」
まるで私がおかしいみたいな調子で、逆に問いかけてきた。私はなんだか恥ずかしい気持ちにさせられたけど、
「はい……」
迷った末、素直にうなずいた。だって、知らないものは知らないもの。
するとメガネの男の人は、一つ乾いた息を吐き出した。少しずれたメガネを人差し指の腹を使って直してから、
「このお方は、
「豊島与松様……?」
ええと……、だから誰?
名前は教えてもらえたけど、でも、名前だけ教えられたってねえ。
だけど、やっぱりメガネの男の人は、私のことをあきれた顔で眺めている。
「豊島グループの会長だと申せば、牡丹様にもお分かりいただけるでしょうか?」
「豊島グループ? 豊島グループって、あの?」
豊島グループと言えば、よくテレビのコマーシャルとかで流れている、とっても大きな会社だよね。昔は確か豊島財閥なんて呼ばれていたはずだ。
ってことは、このおじいさんは……。
私の考えていることが、メガネの人に伝わったみたい。
「このお方こそ豊島グループのご当主・与松様です」
と教えてくれる。
おじいさんの正体がやっと分かったけど、でも、そんなすごい人が私なんかになんの用? お願いしたいことって何?
やっぱり話がさっぱりな私に、与松様の秘書だと名乗ったメガネの人はようやく、
「牡丹様には道松様を説得していただきたいのです」
と本題を言った。
「えーと、道松様……?」
道松様って、道松兄さんのことだよね。でも、道松兄さんを説得って? 豊島グループの会長さんと、兄さんはどういう関係?
……だから、はっきり言ってよ!
私が目で訴えると、
「あの、牡丹様は天正家の方ですよね。道松様のこと、ご存知ないのですか?」
そう聞かれ、私は素直にうなずいた。
「だって私、ついこの間、天正家の養子になったばかりで……」
秘書さんは、ようやく納得してくれたみたい。「道理で……」と口先から小さな声がもれる。
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