2.

 私は朝の一件を引きずってムカムカしたまま登校したけど、

「牡丹ちゃん、昨日は本当にありがとう」


 自分の席に着いたばかりの私に、紅葉ちゃんは手作りのクッキーをくれた。アールグレイの茶葉を生地に練り込んでいるそうで、柑橘の爽やかな香りが優しく鼻をくすぐった。とってもいい匂い。


 あの事件のおかげで、良かったことがもう一つあった。それは紅葉ちゃんと仲良くなれたことだ。


 食欲に負けて、私は早速紅葉ちゃんがくれたクッキーを一枚だけ食べたけど……、うん、とってもおいしい!


 もっと食べたい衝動と戦っていると、ふと頭上から、

「おい」

と、ぶっきら棒な声が降ってきた。顔を上げると、


「げっ、菊!? な、何の用よ?」


 目の前には菊が立っていた。菊が学校で話しかけてくるなんて、なんだろう。突然のことに私は思わず身構えてしまう。


 だけど。


「お前になんか用はねえよ」


 菊はそう言うと視線を私から隣にいる紅葉ちゃんへと移して、

「おい、紅葉。先輩が呼んでるぞ」

と、ぶっきら棒な声で言った。


「えっ、本当? なんだろう」


「脚本のダメ出しだろう。どうせまた現実離れしたメルヘンなもんでも書いたんだろう」


「えー、メルヘンじゃないよー」


 紅葉ちゃんは私に手を振ると、菊と一緒に教室から出て行った。


 そっか、紅葉ちゃんも菊と同じ演劇部だっけ。だからかな。菊、紅葉ちゃんのことは、ちゃんと名前で呼ぶんだ。私のことは、お前とかアンタなのに……。


 なんだろう、なんだかもやもやする。


 胸の辺りに違和感を覚えていると、

「やっぱり怪しいのよね、あの二人……」

と私のすぐ耳元で不気味な声がした。振り向くと、すぐそばに美竹がいた。


「怪しいって、何が?」


「何がって、そんなの決まってるじゃん。あの二人の関係よ。菊くんと紅葉、付き合ってないって言ってるけど、なーんか怪しいのよねえ」


 実はこっそり付き合っているんじゃないか、それが美竹の言い分みたい。


「紅葉ってかわいいし、菊くんと仲良いし。あの菊くんが真面に口を利くのなんて、女の子の中では紅葉くらいだよ。他の子が話しかけても大体が無視されるか、素っ気ない反応されるかだもん」


 ふーん。菊って私だけじゃなく、他の子に対してもそうなんだ。それじゃあ、紅葉ちゃんは特別なんだ。特別、か……。


 半分だけど血が繋がっている私よりも、紅葉ちゃんの方が菊と仲良いなんて、ね。


 まあ、美竹の言う通り、紅葉ちゃん、かわいいもんね。それに優しくて、おしとやかで女の子らしくて私とは大違い。クッキーだって、とっても上手に作れるし。うん、菊が紅葉ちゃんのこと特別扱いするの、よく分かるよ。


 気にしたってしょうがない。だよね?


 私は軽く頭を振り払うとクッキーをカバンの中にしまい、代わりに一限目の授業の準備を始めた。

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