第11話 ep2 . 「訳有り令嬢と秘密の花園」 発動しない呪いと聖母のいる庭園

「なんだ、最近機嫌がいいじゃないか。何かいい事でもあったのか?」


小泉が俺の顔を不審そうに見つめる。


なんでもねぇよ、と平静を装うがなんとなく滲み出てしまうものらしい。


なんかあっただろう?としつこく追撃してくる小泉を適当にかわしながら下校を急ぐ。


悪いがウザ絡みしてくる小泉を相手にしてる程、暇では無いのだ。


ふと例の件を思い出した俺は小泉を指差して宣言する。


「焼肉の約束、忘れた訳じゃねぇだろうな?」


「学年末までまだ期間は長いだろう?始まったばかりじゃないか」


小泉は呆れたように俺を見る。


「どっちでも同じだ。呪いとやらは何も発動もしねぇし、俺は毎日順調に生活してる」


折角の例の缶とやらの出番は金輪際無いから安心しろ、とすれ違いざまに小泉の肩を叩き俺は下駄箱に急いだ。


悠長にしている時間は無いのだ。


俺は時計を見た。14時45分である。


足早に学校を後にし、俺は目的地に急いだ。


花園邸の前、正門に到着した俺はインターホンを押す。


お待ちしておりました、というお手伝いさんの声と共にロックが解除され、正門が開く。


東屋の手前に差し掛かった所で花園リセの姿が目に飛び込む。


優雅に微笑む彼女の腕にはマサムネが抱かれている。


「お待ちしておりましたわ、佐藤さん」


テーブルの上にはいつものように3時のティータイムの支度が整えられている。


花園リセは俺を佐藤さんと呼ぶ。ちょっと不思議な感じもする。


彼女は16歳、俺の2個上だと知ったのは最近になってからだ。


リセさん、と俺は彼女に声をかけてガーデンチェアに座った。


にゃあ、とマサムネが鳴き、俺の懐に飛び込んでくる。


「いい子にしてたか?イタズラしなかったか?」


俺はマサムネを抱き上げて声を掛ける。


「とてもよい子にしてらっしゃったわ」


ふふ、と花園リセは鈴のような声で笑った。


どうも、と俺は小さく挨拶して横目で彼女を見る。


花園リセは慈愛に満ちた聖母のような眼差しで俺とマサムネを見つめていた。


あれから二週間ほど経過していた。


花園リセの提案でマサムネは”日中は花園家、夜間は俺の家“で飼うという取り決めになった。


俺は昼間は学校やバイトがあるのでこの申し出は非常に有難かった。


また、彼女の厚意でマサムネの予防接種や蚤取りの薬投与などは花園家で請け負って貰える事になった。


何から何まで至れり尽せりだった。


そして彼女は“ヘレン”、俺は“マサムネ”と呼んでいるこの猫の名前は[ヘレン・マサムネ]というのが正式名称であるという設定にする事で着地した。


ヘレンがファーストネーム、つまり名前になる。そしてマサムネがラストネーム、苗字に当たる部分になる。


ヘレンがファーストネームになったのはマサムネが苗字でも行けそうな響きだったので、まあなんやかんや結局この組み合わせで落ち着いたのだった。


俺と花園リセ、双方がヘレンと呼んでもマサムネと呼んでもどちらでも良い感じに収まったのでこの名付けはうまく行ったのだと思う。


彼女は最大限に俺に配慮して様々な事柄を決定し、実行してくれた。


そして毎日の彼女とのティータイムである。


彼女は毎日手作りのお菓子を用意して俺を待っていてくれた。


[日中面倒を見て貰っていたマサムネを引き取りに行く]という名目だったがそれ以外の楽しみの方が大きかった。


花園リセは俺のどんな些細な話でも常に微笑みを絶やさずに耳を傾けてくれた。


その日学校であった出来事、普段遊ぶダチの話、晩御飯のメニューとか俺はなんでも彼女に話した。


その日は彼女が焼いたというスコーンがテーブルに並んでいた。


大きなお屋敷の令嬢だというのに彼女は少しも気取った素振りも見せず、気さくで家庭的な面もあった。


スコーンを一口齧った俺はまたしても衝撃を受けた。


めちゃくちゃ美味い。さっぱりとした優しい甘みで無限に食べられる。


リセさん店出せるよマジで、マジで大ヒットだし、と俺は興奮気味にスコーンを貪る。


「今日はさつまいものスコーンにしてみましたの」


彼女はまた微笑んだ。


さつまいもとか庶民派なフレーバーをセレクトしてくるあたりも最高に気が利いてると思った。


彼女の作る菓子類はどれも俺が今まで食べたことのないような物ばかりだった。


俺は毎日浮かれていた。


誰かが俺の帰ってくるのを待っててくれてるってのが最高に嬉しかった。


ずっと一人だった俺は、こうして誰かに出迎えられるのがこんなに嬉しいことだなんて考えたこともなかったんだ。



本当に嬉しかったんだ。本当なんだ。

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