ep2 . 「訳有り令嬢と秘密の花園」

第9話 ep2 . 「訳有り令嬢と秘密の花園」 行きずりの子を家に連れ込んで寝ている

しかし、俺だって年頃の男子だ。温もりが恋しくなることもある。


両親はおらず一人暮らしだ。一人で過ごす夜を持て余しもする。


そんな時は外に出る。街や路地で可愛い子を物色する。


お目当ての子が見つかったら手を尽くしてなんとか自宅に連れ込めるよう漕ぎ着ける。


一緒に飯を食った後はもちろん色々と堪能させてもらう。


一晩中抱き合って布団で眠る。


朝になると大体の子は消えている。同じ子を次も連れ込んだことはない。いつもその晩限りだ。


たまに病気を貰ってとんでもない目に遭うこともある。そういう時は治りは遅い。


それでも良かったんだ。寂しさが紛れるなら。


それが俺の日常だった。


お察しの通り、女ではなく猫の話である。


俺はいつも野良猫を捕まえては家に連れ込んでいた。


母親も帰って来ず、どうしようもなく孤独だった俺を救ってくれたのは野良猫達だった。


俺はいつも野良猫達と過ごしていた。もしかしたら自覚が無いだけで俺も野良猫なのかもしれない。


そんな中、一匹だけちょっと変わった子猫がいた。


カラスにやられたのか、喧嘩でもしたのか右目が開いていなかった。


そいつは一度家に連れ込むとずっと動かなかった。たまに散歩には出るが必ず帰って来る。


数日間家を空けることもあったがやっぱり帰って来る。


俺はその黒猫に“マサムネ”という名前を付けて飼っている気分になっていた。


しかし、予防接種もしておらず蚤取りもしていなかった。


俺は勝手に家に連れ込んでいるだけだし、マサムネは自由気ままに暮らしているだけだった。


お互い、いい距離感の関係だと思っていた。


……そう思っていたんだ、昨日までは。


三日ほど家に戻らなかったマサムネが帰ってきたのが昨日の夕方だった。


チリン、と言う小さな音を立てて仏壇の前に座っていた。


「どうしたんだよお前」


俺は思わず声をかけた。


マサムネの首には見慣れない薄紫のリボンと鈴が掛けられていた。


なんだこのオシャレアイテム?


近所の小学生の仕業だろうか?


俺は三日ぶりにマサムネを抱き上げた。


にゃあ、と小さく鳴いたマサムネは俺のシャツ越しに小さな爪を立てる。


ふわり、と花のような香りが漂う。


嗅いだことのないいい匂いだった。


「お前、どこ行って来たんだ?」


俺は抱え上げたマサムネに問いかける。


マサムネはいつものように欠伸をしている。


恋人に浮気された男というのはこういう気分なんだろうか?


俺だけの猫だと思っていたマサムネは他のヤツにもちょっかいを出されていた。


なんとなく軽いショックを受けた俺はマサムネの背中を撫でた。


気のせいか毛並みがいつもよりいい気がする。


ブラッシングされた?あるいはシャンプー?


急に理由のわからない不安に駆られる。


俺よりもそいつの方がいい?


俺はその晩、マサムネをぎゅっと抱きしめて眠った。


翌朝、マサムネは居なくなっていた。窓から外に出たんだろう。


捨てられた子猫のような気分になったのは俺の方だった。


マサムネのいないこの三日間は不安で仕方がなかった。


もしマサムネが帰ってきたら、と思うと他の野良猫を家に招き入れる事も躊躇した。


一人で眠る夜がこんなに不安なのは久しぶりだった。


きっとあのおかしな呪いの話を聞いてしまったからだろう。


俺の今の家族はマサムネだけなのに、こいつまで居なくなったら。


俺は独りぼっちじゃないか。


その日は登校しても気が気じゃなかった。


放課後になると急いで学校を飛び出した。


マサムネは誰の所に行っているのだろう。


俺は猫の通りそうな場所を片っ端から探し歩いた。公園や路地裏、ゴミ捨て場に駅の駐輪場。


スーパーの裏口に工場の駐車場。空き地。


散々歩き回ったがマサムネは見つからない。


今日は一旦帰ろう、家に先に帰っているかもしれない。


そう思った俺はいつもの通学路を戻ることにした。


河川敷に差し掛かると突風が吹き付けて来る。


こんなとこにはマサムネは居ないだろうな、と思いながら俺は空き缶を蹴飛ばし、下に降りる。


まだ夏の気配のする眩しい日差しを遮りながら俺は周囲を見回す。


ふと、美術の教科書で見かけたようなワンシーンが目に飛び込んだ。


日傘を差した女がこちらを見ていた。


俺は少し低い位置から女を見上げた。


その向こうには見覚えのある黒い猫。


マサムネ、と俺が名前を呼ぶと真っ直ぐにこちらに駆け寄って来る。


俺はマサムネを抱き上げた。


マサムネは素知らぬ様子でにゃあ、と鳴く。


「貴方の猫でしたの?」


日傘の女がこちらを見ている。


長い金色の髪に長いドレスのようなスカート。


女は静かに俺に微笑みかけた。




それが俺と“花園リセ”との最初の出会いだった。

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