第12話 出張先にて


 私は、柏木部長が体を慣らすためとか言って、観光目的で前日入りしたのを理解していた。

だけど、シンガポールに同行しているメンバの内、後藤と柏木部長は、自分の年齢の倍近い。せっかくの時間だが、とてもまともな会話が出来ると思っていなかった。

それだけに山之内君が一緒だったのは、助かったと感じていた。


 私は、海外出張は初めてだけど、

山之内君は語学力を買われ、USボストンの開発拠点やサンフランシスコの本社に行っている。だからシンガポールと言っても違和感はないだろうと期待しているんだけど。



 僕は、市内のホテルにチェックインすると、まだ午後三時。シンガポールと日本の時差一時間。得した気分になる。


 柏木部長達は、チェックイン前に、明日はシンガポールオフィスには九時半に入る。ホテルからタクシーで行くから、フロントに九時一〇分に集合しようと言うとせっせと後藤と立ち去った。過去何度か来ていて、遊びどころを知っているのだろう。





柏木部長と後藤の後姿を見ながら竹宮さんは、

「山之内君は、どうするの」

期待を込めて質問をすると

「どうするのと言われても、ここ初めてだし」


まったく。もっとまともな返事できないのと思いつつ、

「でも山之内君は、海外色々行っているからここでも大丈夫でしょ」

「うーん、どうしようかな」

煮え切らない言葉に


「ねえ、私、海外出張初めてなの。山之内君、リードしてよ」


頭の中でえーっ、そんなこと言われたって、ここ初めてだしと思いながら


「分かった。じゃあ、コンシェルジュに聞いてみる。ちょっと待って」

と言って、コンシェルジュに行くと何か話しているようだった。


「竹宮さん、大体分かった。取りあえず、部屋に荷物置こう。ここに一五分後でいい」

「分かったわ」


 私は、助かったと思った。もし山之内君が、適当になんて言われて自分一人になったら、時間の潰しようがない。


 へたに外に出て、迷うなんてこともしたくないと思うと、心の中で助かったと思うと山之内君と一緒にエレベータに向かった。


 フロントから左方向に行き、三台あるエレベータの間の一つのボタンを押すと

「山之内君、何階」

フロントで渡されたチェックインシートを見ながら、到着したエレベータに乗ると

「一五階の一五〇七」


私は、自分のチェックインシートを見ると一五一七と書いてある。

「わあ、同じ階だ」

少し恥ずかしそうに微笑みながら言うと一五階のボタンを押した。




§ 一ツ橋奈緒子サイド §


 どうしたんだろう。この感じ。奈緒は、自分の体調の異変に気を回した。あの時、でもまさか。

 医療系の企業に勤めるから、基本的な事はさすがに知っている。とにかく確認が必要と思うと部屋着から外出着に着替えて家を出た。


 近くの薬局と言う訳にはいかないわ。そう思うと、わざわざ新宿まで行って妊娠チェックキットを購入した。


 帰りの電車の中で、間違いで有ってほしい。でも本当だったら、たまらないほどに頭を悩ませながら家に着くとすぐにトイレに行った。


 自分でも恥ずかしかったが、紙コップに少し取って、キットの先端を付けた。三〇秒後、

キットのマークが+と現れた。本能的にお腹を右手で触りながら、


 どうしよう。淳は、シンガポール。とにかく親にばれないようにしないと。淳が戻ってから。今は仕事中だから変な心配かけたくないしそう思って、部屋に戻った。




§ 出張先 §


 ホテルのフロントで竹宮と待合わせた僕は、コンシェルジュでタクシーを呼んでもらうことにした。

 USの出張の時は空港でレンタカーを借りて自分で移動することが当たり前になっているが、ここシンガポールでは、そこまでしなくても問題ない。

 だが、日本と違い流しのタクシーを拾う気にはならずコンシェルジュの依頼したのだ。


「山之内君、どこ行くの」

少し不安げな顔をする竹宮に


「シンガポールと言えば、マーライオンでしょう。話のネタ位にはなるよ」

そう言いながら、自分もタクシーに乗り込むと運転手に行先を告げた。


 シンガポールのタクシーは、日本と違って安い。少し位、待ってもらっていても大した金額にはならなかった。チップを先にはずめば、丁重に扱ってくれる。


 僕は、港に行った後、街中に戻って地下街にも案内した。この街はホテル同士を地下通路でつないでそこにお土産、本屋などが並んでいる。暑いせいなのだろう。昼は道路を歩く人は少ない街だ。


 そうこうしている間に午後六時になった。だが、当たり前の話、柏木部長も後藤も夕食が一緒と言うことはなかった。

僕と一緒に港近くのレストランで食事をした後、ホテルに戻った竹宮は、時計を見ると

「ねえ、山之内君、まだ、七時半。ちょっと早いから、ラウンジに行かない」


えっと思いながら

「うん、いいよ」

と言うと二人でラウンジに向かった。


 ラウンジと言っても二階の一部をバーにしただけだ。テーブルの側に有る椅子に座り、僕は、ボーイに手を上げるとドリンクメニューを頼んだ。


 私は、色々と手慣れた動作で事を進める山之内君の姿にやはり慣れてるな。そう思いながら視線を彼に合わせていると


「どうしたの、竹宮さん」

「えっ、いや、慣れているなと思って」

少し恥ずかしそうに言う竹宮に


「そんなことないよ。それに女性と外国のバーで一緒に飲むなんて始めてだし」


「初めて」

「うん、USの出張の時は、みんなと一緒の時が多いから、今回の様なシチュエーションは初めてだよ」

そう言って、見つめ返すと、少し恥ずかしそうな仕草をした。


 私は、ボーイが持ってきたドリンクメニューを見ても、何をオーダーすればいいか分からない。


 日本だったら簡単なのにな。そもそもこういうところで飲んだ経験のない人間にとっては、選択に困るんだよね。


困った顔をして

「山之内君は、何を飲むの」


「うーん、やっぱりシンガポールは、シンガポール・スリングだよね。ラッフルズ・ホテルじゃないけど作ってくれると思う」


 シンガポール・スリング、ラッフルズ・ホテル聞いたことはあるが、現物を知るはずもない私は、


「あっ、私もそうする」

助け舟とばかりに同じオーダーをした。


「実言うと全然分からなくて」

少し恥ずかしそうに笑いながら言う竹宮さんに


「まあ、いいよ。こういうところ慣れている女性じゃ、ちょっと抵抗あるし」


 えっ、どういう意味と思いながら、周りの様子を見ていると自分たちと同じ様なグループが三組位有った。日本人はいない。


 私は、ボーイが持ってきたグラスを見て、目を見張った。強烈なチェリー色の飲み物だ。ボーイが自分と山之内の前にコースターを敷いてシンガポール・スリングのグラスを置いて立ち去ると手にドリンクを持った。


グラスに差してあるストローから少し飲むと結構美味しい。


「わあ、美味しい。頼んで良かった」

竹宮のしぐさに微笑みながら


「そう、良かった」

 僕もストローに口を付けた。甘みと酸味と少しアルコールの味がする。ジンが薄いなと思って飲んでいるといきなり竹宮さんが話かけた。


―――――


題名が「出張先にて」なのに一ツ橋奈緒子さんの状況を入れて済みません。次回につなげる為にちょっと挿入しました。


山之内君と竹宮さんの会話が思ったより長くなり、二つに分ける事にしました。


ところで一ツ橋奈緒子さん、大変な事になっています。



次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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