蘇生魔法って死んでから何日まで有効ですか?

カズサノスケ

第1話

 私は教会に務めている神官のデリオット。今日もアレを使わずに終えられる事を

 神に感謝しよう、この近くで命を落とした冒険者はいなかったようだ。


 礼拝堂の片付けを終えて私室へ戻ろうとした時、入り口の扉を叩く音が

 聞こえる。扉を開くと両手で太い縄を握りしめている法衣姿の少女、それは

 彼女の右肩の上に伸び背後の物体に繋がっている様だ。


「蘇生魔法をお願い出来ますか?」


 彼女の背後にある物は棺桶でそれを引きずりながらここまでやって来たので

 ある。手には血がにじんでいる。神官としてもちろん断る理由はない。

 早速、蘇生に取り掛かろうとしたところで尋ねられる。


「蘇生魔法って死んでから何日まで有効ですか?」

「えっ? それは……」


 初めて耳にする類いの問い、すぐには答える事が出来ない。

 蘇生の依頼を受けるのは死んだ当日が通常で、希に翌日の場合がある程度。

 それは教会から少々遠い所で死んでしまい運ぶのに手間取ったケースが大半

 だった。あとは費用が足りず金策に走った結果という例もあるにはある。


 とにかく死んでから早ければ早いほどいい、それが蘇生を受ける側にも施す側

 にも何となくの常識となっていたのである。


「亡くなってから何日経ちました?」

「3日です」

「そうですか、多分大丈夫だと思いますよ」


 確信はないもののそう答えてみた。私が経験した事があるのは死後2日目まで

 だが、1日増えたくらいならいけるだろう程度の考えで何ら根拠はない。

 棺を開けると横たわっていたのはまだ少年と呼べる年頃の男の子だ。

 彼の額に手を当て神への祈りを始める。


 しばらくして、血の気の失せていた少年の顔に生気が戻った様子を伺う事が

 出来る。この蘇生はうまくいきそうだ。そこで少女に声をかける。


「危ないから離れてください」

「えっ? どういう事ですか!?」

「見ていればわかります。とにかく急いで!」


 少女が礼拝堂の隅に移動したのを確認すると、私は最後の祈りを行い同じ様に

 隅へと身を寄せる。


「ひっっっ……、いやだーーーーっ!!」


 少年は、まるで狂戦士が剣を振るうかの様に右腕を激しく動かす。何かを蹴る

 様に脚をばたつかせながら、私たちの耳を突き刺す様な声をあげる。

 それは強い恐怖におののく者の様子、死の直前の再現だ。


 蘇生すると死んでまう直前の状態から意識は引き継がれる。冒険者の死因上位は

 言うまでもなく魔物の攻撃によるものであり、少年は命を奪われる直前に行った

 必死の抵抗を続けているのだ。


 蘇生魔法が成功した瞬間、それは術者にとって最も危ない瞬間でもある。

 混乱状態のままに蘇った者に魔物と錯覚されて殺されてしまった事故はいくら

 でも例がある。


「あれっ?ここはどこだ?ゴブリンはどこへ行った?」


 少年が冷静さを取り戻したところで、少女から状況を説明してあげる様に促す。

 2人は涙を流して抱き合っている。


「神官様ありがとうございます!」

「お気をつけて。お2人の冒険に幸あらん事を願います」


 私は笑顔で2人を送り出して教会の扉を閉めた。そして硬く錠をかけると、

 懐に忍ばせていた酒瓶の栓を開けて一気に喉の奥に流し込む。


「うぅ、今日はアレを使わずに済むと思ったのに……」


 蘇生魔法は病む。死者を蘇らせ、当人と復活を願う人々に喜びをあたえる

 のは確かだが、その過程で死の恐怖を呼び戻して苦しめる行為が伴ってしまう。

 冒険者たちの癒しの面を支援する神官にとって心苦しい術式でもあるのだ。


 それから数日が過ぎた頃、あの2人が再び教会を訪ねて来た。

 正確には1人と1体と言うべきか。


「蘇生魔法って死んでから5日経っても効きますか?」

「5日も……。ちょっとご遺体を見せてもらえますか?」


 棺桶を開けた時、微かに嫌な臭いが鼻先をかすめていく。どこか腐り始めている

 かもしれない、そう感じたものの目立ってそう見える損傷ヵ所はない。

 5日間も過ぎてしまったご遺体は未知なる領域、正直蘇生出来るかどうか

 わからなかったが祈りを捧げてみる。


「ぎゃぁぁぁーーーー!こっちへ来るな!!死ねっ、死ねよお前ぇーーーー!!」


 結果は成功だった。しかし、少々気になる点もあるにはある。


「神官様、ありがとう……。ひっ、ゲップ。ありがとうございました!

 ゲップ……」


 少年はゲップが止まらない様子だ。そして、オナラも止まらない様子で

 出しっ放しだった。


「お気をつけて。次こそ死なないで下さいね」


 もちろん彼らの為にそう願うのだが、何割かは自分の為でもある。

 蘇生魔法は出来るだけ使いたくない、心の底から無事を祈る。


 2人を送り出して扉を硬く閉めると、少年の置き土産である異臭が

 鼻を衝いてくる。やはりどこかが腐り始めていたのだろう、ゲップ

 とオナラが止まらないのであれば胃か腸の辺りなのだろうか?と

 言うか、多少なら臓器が腐っていても大丈夫なのか?蘇生魔法とは

 何なのか?私は堪らず酒瓶の栓を跳ね飛ばす。



 それから数日が過ぎて……。


「蘇生魔法って死んでから6日経っても効きますか?」


 なぜ君たちはそんなにも死んでしまうのだ……。6日間もかけてここまで

 来るより、最寄りの教会を探した方が早くなかったですか?そう言いたくなる

 ところだが口には出せない。蘇生させたところ、少々腐り気味の症状が更に

 腐り気味に進化する。獣の臭い、それに近いものを感じる様になる。



 ある時から私は教会の扉を閉めずに夜通し居続ける機会が多くなる。

 どこかで彼らが訪ねてくるのを待っている、記録がどこまで伸びるのかに

 興味を持ち始めている。私は酒樽に頭を突っ込んで酒をあおる。


「ひぃっく! 俺は天才かもしれないぞぉ~。何せ死んでから9日も過ぎた

 者の蘇生に成功したのだからな。教会本部の司教でもここまでの記録を

 出した者はいないはずだ! はっはっはっ! ひゃっはっはっ!!」



 以後も彼らは訪ねて来た。死んでから7日、8日、9日と日数を重ねても

 蘇生魔法は一応有効だった。そして……。


「蘇生魔法って死んでから10日経っても効きますか?」


 私が祈りを捧げると少年が息を吹き返す。鼻を衝くどころではない、

 とんでもないほどの悪臭が礼拝堂 に染み渡っていく。しかし、私はどこか

 心地よくすら感じている。今回も成功したのだ。


「ぐぅっっっ……。痛い、体が痛い、苦しいよ……。」

「大丈夫?ちょっと待ってて」


 少女はそう言うと少年の胸に手を当て何かを唱え始める。

 神官の私にはわかった、回復魔法の詠唱だ。


「ぶるぅぅぅ……、ゲボゲボっ。ぐぬぉぉぉーーーー!!」


 少年は口から緑色の液体を溢れ出させる。次第に体全体がちぢみ

 始めていく様子を見て私は気付いた。


「いつの間にかアンデッド化していたんだ⁉ そこに回復魔法なんて

 かけたら……」


 少年の横たわっていた場所には白い灰だけが残っている。少女はそれを

 掴みながら自らの過ちを悔いて瞳を濡らしている。私はそんな少女を後ろから

 抱きしめる、そして、首に手をかけると強く強く力を込める。


「私にはまだ君がいる、今度こそ完全成功の10日目に挑戦させてくれ!!」

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