第2話 天才たちの作戦会議
夜のファミレスは昼間の三倍は治安が悪い気がする。
ドリンクバーだけ頼んで、乃木和花への告白の方法を考えていた俺たち以外で、賑やかな店内にいるのは、二組の家族連れ以外は、見るからにガラの悪い連中だった。白生地に金色のラインの入ったジャージを着た彼らは、ドリンクバーでいろんなジュースを混ぜては、オリジナルカクテルだと言って大騒ぎしている。公共の場では、大きな声を出すだけで育ちが悪く見えるのはなぜだろうか。
返って聞き取れないくらい大きな声で騒ぐ彼らを他所に、俺たちは乃木和花を呼び出すための手紙の文章を推敲していた。
サーモンが言うには勝負は本番前の呼びだす時から始まっているらしい。
「やっぱり、男らしさを感じさせるものがいいと思うんだ。第一印象は重要だからね。
そうだな……ここは半紙に筆で書くのはどうだろう?」
「素晴らしい考えだな」
我が幼馴染ながら、なんと秀逸なアイディアだ。
告白のために呼び出す手紙を筆で書くなど、今まで考え付いた人がいただろうか。
時々こいつの天才的な発想が恐ろしくなる。
この天才の近くにいると、自分もアイディアがどんどんと湧いてくる。
「手紙は果し状にするのはどうだ?」
「エージ。さすがだよ。果たし状を貰って嬉しくない人なんかいないからね」
「そうだろう。そうだろう。果し状は漢の象徴みたいなものだからな」
間違いない。
俺たち二人がそろえば、人類始まって以来最高の手紙が出来る予感がある。
「じゃあ文面はこういうのはどうだい?」
サーモンはそう言って、自分の鞄からノートとペンを取り出して、ペンを走らせると、書き終えたものを見せてくれた。
「果し状
乃木和花殿
放課後校舎裏にて待つ
三嶋英二」
シンプルかつ大胆な文章だ。
余計なことを一切書かない所に隠しきれない男らしさが表れている。
未だかつてこれほどの果し状が存在しただろうか。
「サーモン、お前天才か?」
「ふっ。エージ。自分でも自分の才能に驚いているよ。簡潔に目的、時間、場所を伝えて、相手が来ざるを得ないようにする。これ以上の文章はないだろうね」
「間違いない」
今確信した。
この告白は上手くいく。
これほどの果し状を寄越されては、告白本番を前にして、相手が誰であっても好きになってしまうというものだ。
「文はどう思う?」
俺の横の通路側の席でコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れていた文乃に聞く。
「え! えー、うーん。英二がそれでいいなら……」
文乃は困ったような顔で、奥歯にものが挟まったような言い方をする。視線も反対方向に泳いで、こちらを向こうとしない。
「なんだ、なんだ。歯切れが悪いな。言いたいことがあるなら正直に言えよ。大事な話なんだ」
文乃はコップを両手で包むように掴むと、口をコップの縁に軽くつけて、二度コーヒーに息を吹きかけた。それから、ぺろっ、と出した舌先を、ちょん、とコーヒーにつけて温度を確認すると、コーヒーを一気に飲み干した。
「わたしは英二がいいと思うならいいと思うよ」
それだけ言うと、文乃は席を立ってコーヒーのお代わりを取りに行った。
「なんかはっきりしねーな」
「僕たちの考えた文章が完璧すぎて、あーちゃんも何も言うことがないってことだよ」
「そういうことか! そうならそうと言えばいいのに、あいつも素直じゃないな」
「僕たちの文才に嫉妬しているのかもね」
「可愛いやつだ」
サーモンは、果たし状の下書きが書いてあるノートのページを破いて、きれいに折りたたんで渡してくれる。
貰った紙を一度開いて、もう一度内容を確認する。
何度見ても素晴らしい文章だ。
文才と友人に恵まれたことを感謝しながら、既にある線に沿って折って、元の長方形に戻したものをブレザーの内ポケットに入れた。ここは普段使わないから、何かを出し入れした時に誤って落とすということもないだろう。
ふと、すっかり暗くなった外の景色を見ると、手前のガラスには自分の姿が映っていた。
マッチョで目つきの悪いモヒカン頭の大男だ。
「時にサーモンよ」
「なんだいエージ」
俺の問いかけに、サーモンは間髪入れずに返事をする。
俺が口を開く瞬間を待っていたのかと思うほど返事が早い。
「俺としては、モヒカンがこの世で最もクールな髪型だと思っているんだが、女子受けが悪かったりするんだろうか」
「急にどうしたんだい?」
サーモンはいつの間にか頼んでいたフライドポテトを、ケチャップにつけては口に運びながら不思議そうな顔をする。
「今ガラスに映った俺の姿が、なんか、山賊に見えた気がしたん――」
急に口にポテトを突っ込まれた。
口に塩の味が広がる。
サーモンを見るが、ガラスを見ながら黙々とポテトを食べているばかりでこっちを見ようとしない。皿から勝手にもう一本ポテトを取って食べると、前のポテトより味が薄いような気がしたが、塩のついた指をなめると塩辛かった。
「エージ。ガラスに映った自分の姿は本来より悪く見えると聞いたことがある。ガラスに映った自分なんて自分であって自分で無いようなものなんだよ。それとも君はここまで来てガラスごときに心を惑わされるような人間なのかい?」
「いや、俺も男だ。ここまで来たら覚悟は決めてる」
俺の顔をチラッと見たサーモンは、何本かまとめてポテトを掴むと、ケチャップもつけずに口に押し込んだ。何度も何度も噛んでから、わざとらしく音を立てて飲み込む。口に入れたポテトを飲み込んだサーモンは、ポテトを持っていた指の腹を何度か擦り合わせると、おしぼりに押し付けるようにして拭いた。
「……それより、告白本番に何をやるか考えよう」
「ああ、そうだな」
モヒカンの話になってから、真面目な、というより暗い口調で話していたサーモンは、一転して再び明るい飄々とした口調に戻って話した。
「男らしいところを見せるには、筋肉をアピールするのがいいよ」
「なるほど、筋肉か……。服を脱いで大胸筋を見せつけるとか?」
サーモンは、それもあるけど、と前置きしてから話した。
「フライパン曲げなんかもいいだろうね」
「フライパン曲げな! 確かに力自慢と言えばみたいなところあるしな。それだとリンゴを握り潰すのなんかもいいかもなー」
二人で出した案をノートに書き留めていると、コーヒー三人分を器用に指を使って持った文乃が席に戻ってきた。三つのコップ全部になみなみ注いだコーヒーがこぼれないように、すり足でゆっくりと歩いていた。
「今度は何の話してるの?」
三人それぞれの前にコーヒーを置きつつノートを覗き込んだ文乃は、へー、と言葉を漏らすとちまちまとコーヒーを口に運ぶ。何度かコーヒーを舌で味わうと、コーヒーに息を吹きかけながら言った。
「男らしさだったら、勇気を見せるのとかはどう?」
「勇気?」
「例えば、そうだなぁ、屋上から飛び降りるとか?」
「それ男らしいか?」
「あーちゃん、ちょっとずれてるよ」
サーモンの言葉にわかりやすく機嫌を損ねた文乃は、制服の裾を伸ばして、コップを包み込むように持つと、まだ湯気がたっているコップに机備え付けの砂糖の残りを全部突っ込んだ。
「まぁ、一応書いておくか」
書きつつやることはないだろうと思いながら、他の案を考える。
筋肉とフライパン曲げで男らしさとマッチョは十分だろう。
後は優しさ成分をどう演出するかだが。
「優しいと言えばっていうものが無いんだよな」
サーモンに何かアイディアがあるかと視線を送るが、何もなかったのか、静かに首を振った。
天才アイディア発明家のサーモンでも思いつかないとなるといよいよお手上げかもしれない。
サーモンの皿からもう一本ポテトをつまみ食いしようとしたとき、目が眩むほどの大きな光が高速で点滅した。光のあったほう、道路に面するガラスの向こうを見やると、ガラスに映った文乃と目が合った。すぐに目を逸らした文乃は、机の上のペンを取ると、俺とサーモンのアイディアをメモしていたノートに何か書き込んだ。
サーモンと二人してノートを見ると、捨て猫を助ける、と書かれて何重もの丸で囲まれていた。一度サーモンと顔を見合わせてから、今度は文乃の顔を見ると、顔を赤く染めて勢いよく立ち上がって、パタパタとトイレの方へ小走りで消えていった。
「あーちゃんて、やっぱりちょっとずれてるよね」
「まぁ、他に何かあるわけでもないし、これでいいんじゃねーか?」
サーモンが驚いたような顔で聞く。
「捨て猫にあてなんかあるのかい?」
「そこじゃないだろ。それに別に本当の猫じゃなくてもいいしな」
それもそうだね、と呟いたサーモンは店の時計に目をやった。これで時計を見たのは今日このファミレスだけで十回を数えた。学校でもこの頻度で見ていたなら、百回は優に超えているんじゃないかというくらいしょっちゅう見ている。
「どうした。さっきから時計ばっかり見て」
サーモンは、はっとした顔をすると、左手に巻かれた新品の腕時計をさすりながら言った。
「今日この後、八時からバイトなんだ」
そう言われて自分の腕時計を見ると、八時までは十五分弱だった。
「お前、まだあのバイトやってんのか?」
サーモンは苦笑しながら答える。
「あれが一番稼げるからね。二時間で十万も稼げるバイトは他にないんだよ。単純に考えて、一時間で五万円だ。それだけ貰えるなら二時間だろうが三時間だろうが喜んで女の尻の穴を舐めるよ」
サーモンは自分のことを情けなく思ったのか、目を合わせようとはしなかった。コーヒーをお手拭きに垂らして、染みが広がるのを見つめるばかりである。
「いい加減やめてうちで暮らせよ。部屋も余ってるし」
サーモンは眉尻を下げて気まずそうに笑った。
「エージ。それは出来ないよ」
「なんでだよ。友達だろ」
「友達だからだよ」
食い気味に答えたサーモンと一瞬目が合ったが、サーモンはすぐに目を逸らした。
機嫌を損ねただろうか。
それともプライドを傷つけてしまっただろうか。
最近は生活に余裕がありそうだったからバイトはもうやめたものだと思っていた。
絶対に目を合わせたくないのか俯き加減でいるサーモンと話す。
「飯は食っていかなくていいのか?」
「うん。向こうで食べるから」
サーモンは俯いてはいるが、返ってくる言葉ははっきりとしていた。
「朝はどうする?」
「直接行くよ」
「……そうか」
気まずい。
こんな空気になってから、サーモンがプライベートなことを聞かれるのを嫌がるということを思い出した。
自分の告白のことに夢中で友人に対して配慮を忘れていた。
自分の顔が火が噴き出していると錯覚するぐらい熱くなるのを感じる。
重い沈黙が続く中、サーモンが静かに話し始めた。
「明日の朝、乃木さんの下駄箱に手紙を入れて」
「ああ」
「本番の演出は考えておくから、明日学校で話そう」
「ああ」
「じゃあまた明日。学校で」
「ああ」
俺が返事をしなかったのもあるが、半ば一方的に話し続けたサーモンは、文乃の帰りを待たずに席を立った。
引き留めることもなく、店を出ていく背中を見る。あんな話をした後だからか、哀愁が漂っているような気がした。
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