ケイオスワールド・ホープスエッグ

292ki

ケイオスワールド・ホープスエッグ

ある日突然、世界はぐちゃぐちゃになってしまった。

なんでそうなっちゃったかというと簡単で、世界中にそれまで見たことも無い怪物が現れたからだ。

そいつらは気持ちの悪いものを全部まぜこぜにしたみたいな外見で、黒いゲル状の液体をボタボタ垂らしながら這いずり回り、「おぎゃあおぎゃあ」と耳障りに鳴く。その上、とんでもない力を持っていて、手当り次第に人間を殺す。私たちはそいつらを「グロテスク」と呼んでいた。

グロテスクはウヨウヨ沸いて人間を次々殺していくのであっという間に人間はほとんど滅んだ。今残ってるのは世界中かき集めてもほんの少し。そのほんの少しの人間たちは身を寄せ合いながらグロテスクに怯え、見つからないように息を殺して過ごしていた。

そう、今までは。


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「すーちゃん、そろそろ終わりそう?」

「まだもすこしかかりそう〜。ほたる、先休んでていいよ」

「ダメだよ!すーちゃんが世界を救う瞬間、ちゃんと見届けるんだから!一瞬たりとも目を離せないよ!」

今の私たちには希望がある。ひとつは私の大親友のすーちゃん。彼女は間違いなくこの世界で一番の天才だ。今だってもう殆ど扱える人間がいないパソコンっていうのを自由自在に使っている。

「すーちゃんがいないと、私たち誰もこの卵の使い方、わかんなかったんだから」

「あは、ほたる褒めすぎ!そんなのたまたまだってば」

すーちゃんは謙遜するけど本当に凄いことだ。すーちゃんだけが私たちの希望を使うことができる。

私たちのもうひとつの希望「ホープスエッグ」を。


ホープスエッグは私とすーちゃんが所属する家族ファミリーがたまたま見つけたものだ。グロテスクから逃げ隠れ、少しでも見つかりにくい場所に逃げていた私たちは白い建物を発見した。白い建物の内部はかなり入り組んでいて、これならグロテスクが出ても逃げ場所がたくさんあると考えた私たちはそこを新しい拠点にした。

ホープスエッグは建物の地下、その中央に隠されるようにあった。見た目は真っ白な大きな大きな卵。それが天井から黒いコードでぶら下がっていた。すーちゃん曰く、これはたくさんのナノマシンというものの集合体…らしい。白くツルツルして見える断面は真っ白な小さな小さな機械が集合して同じ動きをしてるので、そう見えているだけなのだとか。

私たちは初め、これがなんのためのものなのか全くわからなかった。それは流石のすーちゃんも同じだった。しかし、あちこち調べた結果、私たちはこの卵の正体に辿り着いた。部屋に卵の説明書が隠されていたのだ。卵の説明文、すーちゃんが読める部分にはこう書かれている。

『これは希望の卵です。願いを100個集めるとかみさまを作ることができます。かみさまは100個の願いごとを簡単に叶えてくれるでしょう』


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かみさまっていうのはなんなのか。それを知っている人が家族ファミリーの中にいた。その人曰く、かみさまっていうのは人間よりもずっとずっと凄くて偉い存在で、昔から人間は困った時、かみさまを頼って生きていたらしい。グロテスクが現れてから随分経った今、かみさまを知っている人も、かみさまを頼る人もいないけど、もし本当にかみさまをこの世界に生み出せるならそれはすごいことだとその人は熱弁した。

「もしかしたらかみさまがこの世界からグロテスクを消し去って私たちを助けてくれるかもしれない」

その一言が私たちの希望になった。


私たちはかみさまを作り始めた。もちろん、この計画はすーちゃんの頭脳なしでは成り立たない。すーちゃんが主導となってホープスエッグの調整をし、他の人達は願いを100個用意することになった。

私は少しでもすーちゃんの力になりたくて、皆から願いごとを聞いてすーちゃんに報告する係に立候補した。記憶力が良くて良かったとここまで思ったことはない。

家族ファミリーたちは毎日皆で集まっては願いことを思いつく限り言い合った。

「グロテスクがこの世界からいなくなりますように」

「美味しいものをおなかいっぱい食べれますように」

「健康でいられますように」

「温かいベットで眠れますように」

「新しい服が欲しい」

「平和な世界で生きられますように」

「カナちゃんを生き返らせて」

「こないだ壊れた鍋を直してください」

「猫アレルギーなので世界から猫を消してください」

「皆笑顔でいられますように」

「夜、悪夢を見ませんように」

「友達が欲しい」

「部屋を綺麗にして」

「猫を吸いたい」

「お菓子をたくさん食べたい」

「可愛い彼女が欲しい」

などなどたくさんエトセトラ。私はそれを記憶してはすーちゃんに伝える。すーちゃんは願いごとを次々とホープスエッグに入力していく。調整や修理を繰り返しながらも準備は順調に進んだ。


そして、私たちが希望を見つけてから幾日も経ち、とうとうホープスエッグはかみさまを作る最終段階まで漕ぎ着けた。あとひとつ、あとひとつ願いごとを入力すれば私たちはかみさまを生み出せる。

「ここまで来たのはぜーんぶすーちゃんのおかげ!本当にありがとう、すーちゃん!」

「ほたる…気が早いってば!まだ最後の願いごとは入力してないし、本当にかみさまを生み出せるかどうかもわかんないのに」

「でもさ、でもさ本当に生み出せたら凄いよね。すーちゃんはかみさまのかみさまってことになるよね」

「かみさまのかみさま?」

「そう!かみさまが7日間で世界を…私たちを作り上げたってかみさまについて教えてくれた家族ファミリーの人は言ってたでしょ?そのかみさまを作り上げたすーちゃんはかみさまのかみさまってことにならない?」

「私は…」

私の言葉にすーちゃんは困ったような顔をした。

「…そんな、大層なものじゃないわ」

そしてすーちゃんはホープスエッグを見上げる。その瞳は不安げに揺れていた。

「ねえ、ほたる」

「なあに、すーちゃん」

「あのね…」

すーちゃんの口から言葉の続きは出てこなかった。

「ううん、やっぱりなんでもない。それよりほたる、明日ホープスエッグに最後の願いごとを入力するよね」

「うん、そうだね」

「最後の願いごとはほたるに決めて欲しい…ダメかな?」

「えっ、いいの!?」

私がかみさまを生み出すための最後の願いごとを決めていいなんて、なんて名誉なことだろう。

「やりたい!やらせて!」

「ふふっ、じゃあお願いするね。さて、ほたると話してる内に最終調整終わっちゃった。もうやることもないし…一緒に寝よっか?」

「わーい!寝る寝る〜!ほら、すーちゃんはやくお布団にGOだよ!」

私はすーちゃんの温かい手を引っ張って寝室に向かおうとした。

だけど出口をくぐる直前、すーちゃんが立ち止まる。すーちゃんの目はホープスエッグに釘付けだった。

「?すーちゃん?」

「私は…間違えてないかな」

ひとりごとのように零されたその言葉を聞いて私はすーちゃんの手をぎゅっと握る。

「すーちゃんは、間違えないよ」

「え、ほたる?」


「だって、すーちゃんは私たちのかみさまだから」


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かみさまが生み出される瞬間を家族ファミリーの皆が揃って見届けようとホープスエッグのもとに集まっていた。

皆のキラキラした瞳にはたくさんの希望が宿っていて、その希望を生み出したのが私の親友のすーちゃんなのだと思うと心が温かくなった。

すーちゃんが皆の前に出てきて口を開く。

「皆、今日まで私を助けてくれてありがとうございました。皆の願いごとは責任を持ってこのホープスエッグに入力しました。書かれていたことが間違いないなら、あとひとつ願いごとを入れればかみさまを生み出せるはずです」

わあっと歓声が広がる。皆この日を待ち望んでいたのだ。

「最後の願いごとはほたるに決めてもらうことにしました。さあ、ほたる。最後の願いごとを言って」

「うん!じゃあ言うね。私の願いごとは…」

皆の視線を一身に受けながら私は願いごとを口に出す。

「「皆のために頑張ったすーちゃんが幸せになりますように」」

それを聞いたすーちゃんは驚いた顔をしたけど、家族ファミリーたちは皆笑顔だった。

「いいぞほたるー!」

「最後にふさわしい願いごとだ!」

「すーちゃん、本当にありがとうねー!」

すーちゃんは驚いた顔から泣きそうな顔になり、それでも確かに頷いた。

「ありがとうほたる。ありがとう皆…じゃあ、その願いごとを今から入力します」

慣れた手つきですーちゃんが機械をいじる。これは今日までに何回も繰り返された澱みない動作だった。

すーちゃんの手が止まる。同時にホープスエッグが形を変えた。

「わあ!すごーい!」

「ウゴウゴしてるー!」

ぐるぐるぐにょぐにょうごうごきゅるきゅる

ホープスエッグは形を変える、変える、変える。そして、唐突にその変化は止まった。

止まって、ぼとり、と黒がおちた。

それは産声だった。

でも、私には世界に生まれたことを後悔する声に聞こえた。


卵から生み出されたのはグロテスクだった。


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皆ポカンとしていた。誰も状況を理解できなかった。私は反射的にすーちゃんの腕を掴むと叫びながらがむしゃらに足を動かしていた。

「皆、逃げてぇぇぇぇええええ!!!!!」

皆がようやく現実を受け止めて走り出したのと、最初のひとりが襲われたのは同時だった。「ぎゃっ」という短い断末魔と皆の悲鳴がごちゃ混ぜになり、あっという間にパニックになった。

ホープスエッグからはぼとり、ぼとりと次々とグロテスクが生み出されていく。それに比例して悲鳴も大きくなる。

私は何とか鍵のかかる部屋にたどり着くとすーちゃんを押し込み、ドアに鍵をかけて室内にあるものでバリケードを作った。

扉の向こうからは「おぎゃあ、おぎゃあ」という鳴き声と「助けて、助けて」という泣き声が飛び交っている。

「どうして…」

どうしてこんなことに?ホープスエッグは希望の卵じゃなかったの?かみさまを生み出してくれるんじゃなかったの?

私たちを救ってくれるんじゃなかったの?

なんで、どうして、こんなことになっちゃったんだろう?


「ごめんなさい…」

「すーちゃん?」

ずっとへたりこんでいたすーちゃんが何事かを呟いた。ばっとすーちゃんが顔を上げる。その顔は涙で濡れていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!私は…私たちは…また、また間違えてしまった…」

「すーちゃん、どういうこと?間違えたって、何が?」

私には分からないことばかりだった。もし、答えを知ってるのならば教えてほしいとすーちゃんに問いかける。

「ずっと気になっていたの…願いごとの中には矛盾するものもあった…例えば、「猫が欲しい」という願いごとと「猫が嫌いだから消して欲しい」という願いごとは矛盾する」

確かにあった。相反する矛盾する願いごとは100個の中にいくつもあった。私はその全てを覚えている。

「かみさまはどうやってその矛盾を解消するんだろうってずっと思っていた。それに、普通なら実現不可能な願いごと…「人を生き返らせてほしい」とかもどうなるのかって」

それもあった。もういなくなってしまった誰かを渇望する願いごと。私はそれを何個も聞いてきた。

「かみさまだから…人の想像を超えた力を持っているのだから何とか出来るって思おうとしていたの。でも、じゃあなんでそんな存在を人の手によって生み出すことが出来るの?」

ホープスエッグは人智を超えた存在を人の手によって作り出す機械だ。だから私たちはその存在にこの世の全てを救ってもらおうとしていた。

「考えれば考えるだけ不安になった…この計画をやめた方がいいんじゃないかって何度も思ったことがある…でも、でも言えなかった!」

すーちゃんはボロボロと涙を零しながら懺悔する。

「皆から希望を奪ってしまうのが怖かった…皆の瞳から光が失われるのを見たくなかった…そんな自分勝手な思いで私は不安要素から目を逸らしたの…結果がこれ。かみさまなんて、人は作れっこない。この世に闊歩するグロテスクはきっと、ホープスエッグから生み出されたのよ…」

そこにいたのは、そこで泣いていたのはひとりの女の子だった。私の親友のすーちゃんだった。

「かみさまのかみさまなんて…大層な素晴らしい存在じゃない…ただ、期待されて調子に乗って、自分を守るために愛想のいい顔をした愚か者が私なの…」

私はすーちゃんを抱きしめた。いつの間にか私の目からも涙が溢れている。

「ごめんね、すーちゃん」

すーちゃんはただの、頭がいいだけの私と同じ人間の女の子だったのに。

背負いきれない責任を背負わせてしまって、応えきれない期待をかけ続けてしまって。

「本当に、ごめん…」

かみさまになんてしてしまって本当にごめんなさい。


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「きっとね、最初もこうやって間違えたんだと思うの。かみさまを作り出したかった人がグロテスクを生み出して、世界は滅んでしまった」

泣き止んだ私たちは手を繋ぎあってぼんやりと壁にもたれかかった。扉の向こうから聞こえる人の悲鳴はどんどん少なくなって、代わりに「おぎゃあおぎゃあ」という鳴き声が増えていく。ガリガリと扉で爪を研ぐ音が聞こえて、私たちはもうすぐ終わりなんだなと悟る。もうすぐたくさんのグロテスクたちがこの部屋に押し入って、私たちは喰い殺されるだろう。

最後だからとすーちゃんはぽつり、ぽつりと自分の考えていたことを私に教えてくれた。

「グロテスクはかみさまのなり損ない…いや、あれこそがホープスエッグの最適解なのかも。「人の願いは矛盾していて、不可能で、叶えられっこない。それならば人という存在を消して願いが全て無くなればいい」…みたいな、極論だけどね」

「だからグロテスクは人間を襲うの?」

「多分。人を殺すことを───死を救済だと思っているかみさまがグロテスクなんだと思う。そうして、人は間違えた…私たちもまた、間違えた」

「間違えた…確かにそうだね。今まさに死にかけてるし」

「ふふっ…私だけが間違えればよかったのにね。皆を巻き込んでしまった」

「…すーちゃんだけのせいじゃない。すーちゃんだけのせいにする人なんて、いない。私たちは皆で間違えた。だから皆平等に死ぬ…納得はいかないけどね」

「ほたる…」

「かみさまなんて、きっとどこにもいなかったんだよ。私たちはそれに気付けなかった。頼るべきはそんなおとぎ話じゃなくて、自分たちだったんだ」

それを放棄して、責任を全部かみさまに押し付けようとして、女の子ひとりをかみさまにして。この世界ケイオスワールドで都合のいいホープスエッグに縋った。だからって死んじゃうのは嫌だけど、仕方ないかなぁって思う。

ガタガタと扉が大きく揺れる。

私たちの最期が近付いてきたので、私たちはお互いを強く、強く抱きしめあった。


もう、かみさまなんていないのはわかっているけど、私は最後に何かに願った。

どうか願いを叶えてかみさま


それは誰にも聞き届けられず、やってきたかみさまに私たちはあっという間に食べられて、願いごとは消えてしまった。

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