ヨウの笑顔

 想像していたのとはだいぶ違うお風呂だった。

 一つのテントの中に用意されていて、少し大きなお湯をいれる入れ物と小さな入れ物が二つ並んでる。あとは体を拭くための布が置いてあった。


「移動中はこんな感じになるんだって」


 結愛がそう言いながら、使い方を教えてくれる。お湯に布を浸して、顔に当てるとほかほかして、すごくほっとした。


 ◇


「何で一緒に入ってくれなかったんだ」

「え、ヨウ、男の子だよね?」

「すずと一緒が良かったのに」

「えっと、だから、ヨウ男の子だよね?!」


 すごくむっとした顔で抗議をしてくるヨウ。

 あのあとすぐ、振り返って戻ってきたクナに連れて行かれ男性用のお風呂? に連れて行かれたらしい。

「すずぅぅぅっ!!」って、泣きそうになりながら引きずられていく様は、少しだけ可哀想だった。


「鈴芽様、置いていくなら今のうちに決めておいた方がいいですよ。魔人は人の国ではどこも歓迎されません」

「え……あ、……」

「この金輪がついているかぎり、人以下のひ弱な存在ですからね。役に立つ訳でもない――」


 そんな事を彼にしているんだ――。私と一緒にいると、迷惑なのかな?


「私がヨウと離れると言えば、金輪は外してもらえるんですか?」

「なっ!?」


 ヨウがものすごい顔でイヤイヤしている。クナは、頭をかきながら、答えてくれた。


「あぁ、それは無理ですね。外すならば、少し弱くなりますが似た効力のある枷をはめて、閉じ込めるか、死ぬのを確認するか……。この時期に人の国に近付いてきた者ならば、おそらくこの魔人も王の候補者かその側近でしょう」

「死ぬのを……」

「酷いと思わないで下さい。我らも魔人に殺されているのですから」


 そんな、状況なんだ……。


「すず、ボクはすずと一緒に行く」

「ヨウ……。でも、帰りたいって」


 巻き込んでしまった。私がいなければ、彼はさっさと逃げれたかもしれないのに。

 ヨウは、私の前に座ると、手をとった。


「すずの事をどうにかするのはボクだけだ。笑った顔も泣いた涙も、全部他のヤツには渡さない。だから、ボクの帰る場所はここだ」


 手のひらを開けられ、そこに彼の唇が当たる。


「な……な、な、な……」

「すず」


 黒い瞳がじっと見つめてくる。目をそらせない。


「はい、そこまでだよ。ヨウ」


 ズベシっといい音で、ツッコミが入った。テトが、話を終えたのか、こちらのテントにやってきたのだ。

 さっきまでの始終を見ていた結愛を見ると、赤く染まった頬と、驚いた顔をしていた。私も似たような顔をしているんだろうな。もっとすごいかも……。


「魅了の魔法も封じられているから、そんな事をしても無駄だよ」

「違う、ボクは魅了の魔法なんて――」

「な、なんだ……。ヨウそんな事しようとしてたの……」

「だから、ボクは魅了の魔法なんてしてないぞ! そもそも――」


 ポタリと涙がこぼれた。ハッとしたヨウがまたぎゅっと私の顔を自分の服に押し付ける。


「ボクは、確かに候補にされてるけど、魔王になれる器じゃないんだ。魔法だって、全然ダメダメな、落ちこぼれなんだ……」

「落ちこぼれ……」

「ボクの使える魔法は、補助……。強化……。しかも、自分には効果がない、そんなのばっかりなんだ」


 なんだか、アイドルしていた時の私みたい。ずっと、他の人の引き立て役で――。


「ヨウ、泣いてないよ。大丈夫」

「本当?」

「うん」


 私は決めた。この人を守ってあげよう。殺させたくない。帰してあげたい。私みたいな、この人を――。


「ヨウ、一緒に行こう。私、何も力がない、無能力だって言われてるけど、ヨウとなら気が合いそう。一緒に帰ろう、約束」

「約束だな! ボクはすずを守ろう」

「私は、ヨウを守るね」

「「力がないどうしだけど」」


 二人の言葉が重なって、顔を見合わせる。ヨウが嬉しそうに笑った顔を見て、私はホッとした気持ちになった。

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