青い道

@tokotoko_1029

1

あつい


外は茹だるような暑さだ。

アスファルトから反射される熱気が顔にあたる。


ただ目的があるわけじゃなかった。

ずっと部屋に引きこもっていても仕方なかったのだ。読みたかった本もなんだか読む気にならなかった。


学校に行かなくなって1週間。

初めは母が口煩くなにか言っていたが、3日も過ぎれば泣いて懇願してきた。

それもそのはず、真面目に優等生だった娘が理由も言わず学校に行かなくなったのだ。

でも、本当に大きな理由はなかった。いじめられたわけでも、親に見せられない程の点数を取ったわけでもなかった。

勉強は自分ですれば問題ない、友達も多くはないがなんとなく行きたくないことを伝えたら無理はしないようにと心配の声をかけてくれた。


ただ行きたくない、行きたい理由がなくなった、それだけだ。


暑さで足取りが遅くなりつつ歩いていくと、目の端に古い喫茶店が見えた。毎日通っていた通学路だが気づかなかった。こんな古びたお店があっただろうか。

ふと足を止めてショーケースを覗くとと、陽の光に浴びて色褪せ、埃が被っている食品サンプルが見えた。スパゲティを掬って宙に浮かぶフォークや色褪せてきているサンドイッチなどが並ぶ中、目を惹くものがあった。


きらきらとひかる緑とその上に浮かぶ雲


ツッと頬に汗が伝う。


「いらっしゃいませ、入られますか?」


カラン、と扉が開いた音と同時に室内のひんやりとした空気が汗を伝う頬にあたる。冷たい空気に体が無意識に反応していた。


中に入ると、落ち着いた木目調の内装に最低限の光源。点々と各テーブルに設置されているライトが暖かく灯っているのが目に入る。知らない国の民族音楽だろうか、知らない弦楽器と分からない言葉が心地よく耳に入る。

一番奥の座席には老人がひとり、コーヒーを片手に本を広げていた。


特に席に案内されることはなかったため、カウンター席に座る。

少し背の高い椅子に爪先立ちをしながら座ると、柔らかい座面が体重を受けてゆっくり沈む。あたりを見回していると声がかかる。


「なにになさいますか?」


目の前のメニューにはコーヒー、紅茶、軽食等よくある喫茶店の品が記載されていた。しかし、ショーケースに並んでいたあれは見えない。


「あの・・・」


声をかけると店主がこちらをむいた。銀髪の奥に光る緑の瞳。髪の色からかなりの年齢かと思っていたがまだ若く20代くらいのようだ。端正な顔立ちに日本人離れしている雰囲気に圧倒されるも注文する。


「ショーケースにあったクリームソーダってありますか?」


声は震えていただろうか。頬や背中がじんわり熱くなるのを感じる。ただ注文しただけだというのに何を緊張しているのだろうか。久々に家族以外の誰かと話すことに気負いしていることに気付く。


「はい、ございますよ。」


自分の緊張とは裏腹に店主の声は落ち着いている。その声色がこちらにも浸透してくるように、気持ちの高ぶりが落ち着いてくる。先程より落ち着いて声を出せた。


「それでお願いします。」


「かしこまりました。」


会話はそこで終わり店内にはまた静かに音楽が流れている。言葉の意味は分からないが少し悲し気な女の人の歌声をぼんやり聞いていた。

今頃、友人たちやクラスメイトはクーラーのつかない教室で楽しくもない授業を受けているのだろうか。母は家でひとり何を思っているのだろうか。学校にも行かない娘に対して嫌気を感じているのだろうか。

私はなにをしているのだろうか、なにをしたいのだろうか。暑いこの平日の真昼に家を飛び出し、よくわからない店で音楽を嗜んでいる。それでいて何が私にもたらすのだろうか。


「クリームソーダでございます。」


ーカラリ


氷とグラスがぶつかる涼し気な音と、鮮やかな緑。上にのせられたバニラのアイスがじわりと溶けだし、緑の中に白い雲ができている。ピンクのサクランボがアイスの上に申し訳なさそうにちょこんとのせられていた。


ストローに口を付けるとさわやかな甘さと冷たさが身体に沁みる。よくわからないが目元がじわっと熱くなった。なにか堪えていたものがぽろぽろと流れ出る。


「こちらもお使いください。」


アイス用に出されたスプーンは少し長細く繊細な作りであった。手に取って一口掬ってみれば、やわらかな感触にバニラの香りが立つ。優しい甘さが口に広がり、胸がギュッとした。


悲しいわけでも、辛いわけでも、苦しいわけでもなかった。ただ、つかえていた胸の内が解されていくのだ。流れる涙を止めることなく、甘いクリームソーダに体を預けていると、カランと扉が鳴いた。

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