第38話 顧客満足度

沼地は大小いくつもの沼があり、しかもそれ以外の場所も湿地帯の様な状態だ。

足を付けるとくるぶし位まで水があり、草なんかも相当生えているらしく、歩き回るだけで一苦労だそうだ。


で、目的の満月花は花が咲くと枯れて無くなってしまうらしく。

そのため、生えている場所は特定不可能——花は満月前になるとどこからともなく生えて来るそうだ。


つまり、足場の悪い広い湿地帯を、当てもなく延々花探しに奔走する羽目になるのがこの依頼である。


俺は訓練してるから、湿地帯の様な悪路でもそれほど問題ない。

問題は依頼主だ。

ヒョロガリの学者肌が、そんな場所で真面に動ける訳がないからな。


なのでこのテストの肝は、いかに依頼主というハンデを抱えたまま満月花を見つけるかという部分に集約する。


因みに、以前これと同じ依頼を受けた冒険者は、依頼主を背負って達成したとの事——魔物が出た場合は、依頼主を降ろして対処していたらしい。

足場の悪い湿地帯で人ひとり背負って動くのは、体を鍛えていても大変だからな。

気合の入った選択である。


もちろん俺はそんな真似はしない。

どうするのかって?

飛ぶのさ。


そう、空を――って程高くはないが、とにかく飛んで移動する。

魔法で。


ジョビジョバ侯爵家は、がちがちの武門だ。

武門と言うと脳筋を連想するかもしれないが、ジョビジョバ家は違う。

万能の強さを目指していた。

そのため剣や体術意外にも、家門の人間は魔法の訓練も受けさせられる。


そもそも、今の当主である兄のグンランは魔法使いタイプだしな。

それも、戦闘に限って言うなら間違いなく世界屈指の。


という訳で、俺も子供の頃から魔法の訓練は受けてきている。

まあ才能はあんまりなかったが……


ジョビジョバ家の求める実戦魔法の能力は、大きく分けて二つあった。

一つは魔力量。

魔力の量は多ければ多いほど、魔法を扱う際に有利になるのは言うまでもないだろう。


そしてもう一つが、詠唱能力である。


より素早く詠唱できれば、いろんな面で有利なのは言うまでもないだろう。

それに加え、どんな状況下でも冷静に魔法を構築発動させる能力も、詠唱能力に含まれる。

この能力が低いと、敵の攻撃を捌くので手いっぱいで、対処のための魔法が使えないなんて自体に陥ってしまうので重要だ。


で、俺は魔力量は結構ある方なんだが……絶望的に詠唱能力が低かった。

剣を振りながら魔法を使えとか、まあ無理。

とは言え、そう言うのが苦手なだけで、何もない時に魔法を使う分には特に問題はない。


だから、敵に絡まれていない時なんかは、こうやって飛行魔法を扱う事が出来るという訳だ。


「これは快適ですなぁ」


俺が抱えている依頼主。

ポワンが楽し気にそういう。

彼は眼鏡をかけた、いかにも学者然とした人物だ。


「しっかりセンサーを見ててくださいね」


「ははは、わかっているさ」


満月花は、特殊な魔力を微弱に発しているらしい。

なので、それをマジックアイテムでキャッチして見つける予定だ。

まあそうでもなきゃ、こんな草だらけの広い湿地帯から花を一輪見つけるとか無理もいい所である。


――ただ、この方法には大きな問題があった。


センサーの探査範囲は、たったの5メートルしかなく狭い。

そのせいで俺は草が届かないギリギリの位置を飛行する必要がある――高く飛ぶとセンサーで花を見つけずらくなってしまうから——訳なんだが……


問題は、この湿地帯に生息する魔物だ。

この高さだと、カエルタイプに飛びつかれたりしたら、余裕で攻撃が届いてしまう。


俺は兎も角、依頼主のポワンさんがカエルに噛みつかれたらえらい事である。


そこで俺は――【ズル】を解禁した。


最初はテストにスキルを使う気はなかったんだけど……まあなんていうか、面倒くさいなってのが勝ってしまって。

そもそも、スキルなしで金級になってやるぜ的な思考が、傲慢なんだよな。

やっぱテストは自らの持てる能力を全てフル活用しないと、うん。


という訳で、【ズル】を使って魔物の不意打ちは全カットである。

この状態だと相手は自分の存在をこっちにアピールしてからしか攻撃が出来ないので、安心安全だ。


「しかし……大変そうだねぇ、彼」


ポワンさんが後方を見てそう呟く。

テストなので、この依頼には当然それを確認する者が付いてきている。

後ろで草をかき分けながら走っている、全身黒尽くめの男がそれだ。


どうやら彼は飛行魔法が使えない様なので――余程魔力がないと使えないので、まあ扱える人間の方が少ない訳だが――頑張って空を飛ぶ俺達の後を追って来てるって訳である。


「まあ、これも彼の仕事何で……頑張ってもらいましょう」


俺は苦笑いしてそう返す。

速度を落とす事も出来るが、ただそれをすると発見までの時間が延びてしまうのは明白だ。

冒険者としてこの護衛任務の顧客満足度を優先するなら、出来るだけ迅速に終わらせた方がいいに決まっている。


なので速度は落とさない。

というか、一応これでも落としてる方だしな。

気を使って。


まあその気遣いが、彼に届いているかは不明だが。

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