広い世界の片隅で、君と私は恋を終える。

線香花火

　屋台の光が弱々しく届く、病院の広い屋上の端の方。私達は並んで勢い良く噴き出す火を眺めていた。

　彼は花火の先端を近付けてきた。私が持っている花火の火で着火するらしい。すぐに火が点いた。彼の手元が明るく燃える（ひかる）。

　彼から数歩距離をとって、ちゃんと周りの安全を確かめて、花火の火を纏うように回ってみた。でも彼は心配そうな顔をした。これは間違えちゃったかな。

　彼と夏祭りを回り始めてそろそろ一時間が経つかな。簡単なものしか出来なかったけど、彼は楽しんでくれているみたい。良かった。

　彼の持っている花火が終わり、残すは線香花火だけになった。実はあんまり線香花火が好きじゃない。退屈になってしまうから。だから線香花火をする時は勝負をする。どっちが長く続けられるかっていう勝負。ちなみに勝ったことは無い。

　でも彼は好きそう。というか絶対好き。さっきから線香花火をチラチラと見てるもん。なら私もやりたい。軽くなった花火パックから線香花火を持ち出して、彼に渡す。

「線香花火と言えば勝負！　絶対負けないからねっ！」

　これがフラグと言うやつだよ。ここから奇跡的な回収劇を見せつけるよ。

「受けて立とう。やるからには勝たせてもらうよ」

　彼は一瞬嫌そうな顔を見せたけど、挑戦状を受け取ってくれた。彼、優し過ぎだよ。そういうところも好きなんだけどね。

　蝋燭の火が消えないようにお互いに体を寄せる。すぐ横に彼の顔があって、息遣いが聴こえる。無心にならないと気絶してしまいそう。高鳴る鼓動を抑えるように深呼吸をする。でも彼に「そこまで本気になる？」と苦笑されてしまった。せっかく決めた覚悟をすぐに折られて少しむっとした。だから彼の抵抗を躱（かわ）して脇腹を小突いてやる。すると後ろから含み笑いが聞こえてきた。彼の担当看護師さんだ。え、滅茶苦茶恥ずかしい。この絡み方は人前では控えよう。私達は赤面で蝋燭に向き直る。

「き、気を取り直して勝負始めるよ！」

「そうだな！」

　慌てすぎて声の大きさも間違えたし、蝋燭の火も消してしまった。

　良い機会だし一旦落ち着こう。そう思って深呼吸したのだが、彼とタイミングが同じで笑いが込み上げてきた。これだと締まらないじゃん。まぁ私達らしいけど。

　マッチで蝋燭に火を点けて体を寄せ合う。もうこれ以上上がらない程体温が上昇していたし、やっぱり気恥ずかしさはあるけどまだ耐えられるようになっていた。

　チラと彼を見ると、真っ赤な顔で、でもどこか寂しげな顔をしているように見えた。何を考えているのかな。

「始めよっか」

　大声をあげてしまうとまた注目されてしまう。次は流石に私も心が持たないので小声で彼に言った。

　でも彼からの返答はなかった。ぼぅっとしているような気がする。もしかして体調悪くなったのかな。私が連れ回した所為？　だとすると凄く申し訳ない。

「どうかした？」

　彼の顔を覗き込む。顔色は悪くないと思う。赤いけど。私もね。

　彼はふっと笑った。

「何でもないよ。さ、始めようか」

　本当になんでもなかった様だ。少し考え事かな。まぁいいや。

　せーので火を付ける。彼は座って、私はフェンスに凭（もた）れた。私は線香花火ではなく彼を見ていた。右脚を投げ出したままで座る彼はなんだか幼く見える。少し哀愁が漂っている気がするけど。

　彼はどこか寂しそう。それもそうか。彼の余命は今週で終わりらしい。もっと長く生きるかもしれないが。なんで知っているかと言うと、お父さんがこっそり教えてくれた。本当は駄目なんだけどね。

　私はふと思ったことを聞いてみる。

「天国ってあると思う？」

　別に深い意味は無い。彼を悲しませたい訳でもない。でも、天国なるものがあるなら、私もお利口に生きて、いつか逢えるあもしれないと思った。

「無い」

　彼は少し考えた後応えた。

　彼がたまに見せるサバサバした感じも好き。

　ふと彼の長袖がめくれて、切り傷が見えた。その傷を見て、無性に悲しくなった。

「そうだよね」

　と呟いた。少しトーンが落ちてしまった。

　私は会話を弾ませたくて、更に彼に尋ねた。

「じゃあ死んだらどこに行くのかな？」

　話題が変わっていない。こういう時に限って私の馬鹿さは暴走する。

　彼はまた少し考え応えた。

「分からない」

　何故こんな話を始めてしまったのだろう。

　私も彼も得なんてしないのに。

「そっか」

　と当たり障りのない返事をしておく。

　でもこのまま会話を止めてしまうのも嫌だったから、本心を言ってみる。

「憐が死んでも忘れないでいられるかな」

「別に忘れていい」

　食い気味で応えられた。

　私は驚いた。彼の自虐にではなく、彼が本心を話してくれたことに。

　でも、それではあまりにも悲しい。

　それに、初恋の人を忘れられるわけがない。だから宣言した。

「忘れないよ。絶対に」

『嘘だ』

　そんな彼の心の声が聴こえたような気がした。勿論聴こえてはいないけど。

　彼は困惑したような顔をした。言葉を探しているらしい。

　彼は言葉が見つかったようで言った。

「ありがとう」

　今度は私が困惑する番だった。彼の口から「ありがとう」なんて言葉が聞けるとは思ってもいなかったから。

　私はなんだか恥ずかしくなって、ただ笑った。それを見て彼も微笑んでくれた。その笑顔が一番好きなんだ。

　彼の火玉が落ちる。それと同時に彼自身の体も倒れた。私の手から花火が落ちる。反射的に彼の元に駆け寄る。自然と涙が零れる。

　必死で叫んだ。すぐにお父さんや看護師さんが来たけど、彼は目醒めてくれない。

「嫌だよ……こんなお別れなんて……」

　数分後。みんなに囲まれて、彼は息を引き取った。