悲しみの連鎖
この辺りで一番大きな病院の一室で、心電図を見つめている。何本もの点滴チューブが彼の体から伸びていて、彼の
突然背後に彼が落ちてきたのだ。とにかく焦った。私は彼のそばで座り込んで固まることしか出来なかった。偶然住人が帰ってきて救急車や警察を読んでくれたおかげで、何とか彼は生きれている。でももし住人が来なくて、あのまま時間が経っていたら。彼はもう私の前に、世界に居なくなってしまっていた。
私は彼の同乗者として救急車に乗った。それから何時間経ったのか分からない。でも彼は目醒めてくれない。
怖い。寂しい。
最近はこんな感情ばかり。彼と出逢う前までは嬉しいも苛立ちも、悲しいも楽しいも、何も感じなかったのに。
また彼の顔を見つめる。首の骨が折れかけているらしいので、首をしっかりと固定されている。苦しそうな声を洩らしながらも、嬉しそうな表情をしている気がする。夢を見ているのかな。その夢に私は居るのかな。また自分に都合の良い妄想しちゃってる。私って本当に嫌な奴。
ぶんぶんと悪い想像を祓い、彼が目醒めた時どうするべきか考える。「大丈夫?」「おはよ」そんな気の利いた言葉の一つでも言えるかな。はぁ絶対無理。
何をするでもなくぼうっとする。何かを考えたところで、自分に対する非難しか思い付かないから。勝手に好きになって、勝手に傷ついて。身勝手過ぎるよね。本当嫌。
だんだんと視界が濁ってきた。うつらうつらと船を漕いで、私は微睡に飲まれていった。
***
「え、なんで?」
思わず声が出た。
そこは学校の校門を過ぎたところだった。陽は暮れている。振り返って時計を見ると7時30分。何だろうこの既視感。帰りたくないな。
でもあんまり遅いと彼が心配しちゃう。あれ、何で彼が出てくるの?
ふっと目の前が白く光り、気付くとマンションのエレベーターの前だった。突然の舞台転換に動揺した。そして同時に理解した。これは夢なんだと。
当然のように体は3階のボタンを押した。おかしいな。私の部屋は2階なのに。
取り敢えず体が動くままエレベーターに乗ってみる。箱は当たり前のように上昇を始める。
3階分だからすぐに着いた。体は丁度私の部屋の上で止まって、鞄から鍵を取り出して解錠する。
「ただいまー」
そう言いながら部屋に入る。電気は付いているから、誰か居るのかもしれない。そもそも私の部屋じゃないんだけど。
リビングルームらしい少し広い部屋の扉を開く。すると誰かに前髪を触られた。誰だろう。そう思った時、再び視界が真っ白になった。
***
目を醒ますと、もう見慣れ始めてきた白い病室に居た。看病する筈が眠ってしまった。時間を確認すると正午。10分ほど寝ていたらしい。
彼を観察する。些細でも変化があればナースコールを押すようにお父さんに言われている。
お父さんはここで医者をしている。立場的には一番高いとか何とか言われたけどさっぱり。お父さんはお父さんだもん。
彼は相変わらず楽しそう。さっきよりも目が開いているような……いや待ってこれは開いてるでしょ。絶対起きてるでしょ。
「え、あれ? 起きてる? 起きてるか流石に。こんなに目最大まで開けて寝られないよね普通……あ、ナースコール押さなきゃ!」
一人で大慌てしてしまった。恥ずかしい。
なんだか彼が惚けているので少し心配になって尋ねた。
「あ、私のことわかる? 高城響音。隣の席の」
彼は頷こうと頭をほんの少し動かしたが、固定されていて動かない。口を開いてもパクパクとするだけだ。彼も困惑の色を隠しきれていない。
「もしかして声が出ないの?」
そう聞くと彼は諦めたような顔で頷いた……気がした。
「まぁ取り敢えず、もうすぐお医者さん来るから待ってよ?」
お父さんが医者だって今度教えて脅かしちゃおうと思って敢えてお医者さんって言ってみた。
彼は不思議そうな顔で、目だけでキョロキョロと周りを見渡した。
***
ドアの向こうからドタバタと走る音が聞こえる。お父さんだ。ってか廊下走っちゃ危ないっていつも言ってるのに。
「響音!どうした」
お父さんの悲鳴に似た声が響く。
「憐くんが起きたんだよ!」
これだけで状況は説明できた。というかそれ以外に説明できることがなかった。
「憐くん。起きたのか?」
彼は困った様な顔をした。そうだ、声が出ないんだった。
「お父さん。憐くんは声が出せないみたい」
言ってからはっとした。ついお父さんって言っちゃった。
「そうなのか。じゃあそうだな……手は出せるか?」
彼は言われるがまま左手を差し出した。綺麗な整った手に見とれてしまった。
「OKだ。じゃあ簡単な質問をしていくから、YESなら手を握って。NOなら手を開いて」
彼は手を握った。賢いな。
「うん。物分かりがいいね。まずは、憐くんは今状況を把握できている?」
手を開いた。彼は至って真剣な表情。
「そうか……次。声が出ない以外に体に異常はある?」
彼は手を握った。それだけで心配になってきた。
「なるほど……レントゲン撮る必要があるか。次。記憶は正常?」
彼はピースした。思わず笑いそうになったのをこらえるので必死。
お父さんも困惑の色を隠せていない。
「どうしたんだ? あ、もしかして分からないのか?」
彼は手を握った。
「なるほどな……じゃあ次が最後の質問。憐くんは自分に何があったのか知りたいか?」
私は驚いた。お父さんがこんなに真っ直ぐに質問するとは思っていなかったから。
彼は迷うこと無く、力強く手を握った。
「分かった。席を外してくれ」
それは私と看護婦さんに向けられた言葉だった。素直に従って外の椅子に座る。
これから彼は辛い事実を知る事になると思うと、何故か私まで胸が痛くなった。
***
暫くしてお父さんが出てきた。お父さんが頷いてくれたので入ってもいいということだろう。すれ違うように部屋に入る。
「大丈夫?」
寝たきりの状態だった彼はベッドごと座る体勢になっていた。
彼は左手で丸を作った。その無邪気な顔がまた私を嬉しくした。彼が私だけに見せてくれる顔だから。
「そっかそっか良かったぁ」
見た感じ彼は元気そう。無理してなければいいのだけど。
そこから会話が途切れた。
***
なんだか恥ずかしくなった。彼はただただ私を見ているだけなのに。居心地が悪くなって言ってしまった。
「じゃ、じゃあ私、そろそろ学校戻るね。またお見舞いくるから! あ、何かお見上げ持ってくるよ!」
学校より彼と居たかったのに。私って本当馬鹿。
それでも彼は微笑んでくれた。私も恥ずかしさを紛らわす為に笑った。
荷物を持って、ちゃんと彼に挨拶。
「ばいばい!」
彼は少し苦笑していた。恥ずかしい。
もう何が何だか分からなくなって廊下を走り抜けた。お父さんと一緒。
でもある事を思い出して再び彼の部屋に走る。
「ごめん言い忘れてた! 憐くんの宿題とかやっておいたから! 引き出しの中に手紙とか入れといた! 迷惑だったらごめんね! じゃあ行ってくる!」
早口でそれだけ言い放って回れ右。
危ないけど全力で学校まで走った。
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