捨てモルモットと拾いキメラ

亜未田久志

第1話 ギン


 それは雨の日だった。曇天の下、繁華街の路地裏でソイツを見つけた。段ボールで雨避けをしているソイツは濡れ細った猫のようだった。キラリ、ソイツの銀髪が光る。日本じゃ珍しい、染めてるんだろうか? 着ている服もどこか病衣のようだった。それじゃ寒かろうと俺は傘を向ける。ほんの気の迷いだった。


「お前、名前は?」

「……ギン」

「ははっ、まんまだな。まあいいや、ウチ、来るか?」

「……いいの?」


 いいか悪いかと聞かれたら、独り身の俺が、恐らく未成年のコイツを家に上げるのは、恐らく誘拐とかの罪状に引っかかる気もした。しかし、ずぶ濡れのコイツを放っておいたらそのまま死んでしまいそうな気がしたんだ。


「構わないよ、きったねぇ部屋だけどな、狭いし」

「それでもいい、暖かいところに行きたい」


 やっとコイツの、ギンの感情が見えた気がした。俺はギンと相合傘して家まで帰った。まだ社会人成り立てで一人暮らし始めたばかりだというのに、もう同居人が出来るとは思わなかった。ギンの歳は、高校生くらいだろうか? 少し幼く見えるが。

 アパートに着く。オートロックのエントランスを抜け、エレベーターに乗り部屋まで進む、こう見えて俺はエリートちゃんだったりする。仕事は少しブラックだけど。高収入なだけでお釣りがくるレベルなので、本当のブラックとは言わないだろう。贅沢贅沢。そんな事を思いながら、玄関までたどり着く、鍵を開けようとした時、ギンが口を開いた。


「名前、聞いてない」

「あん? ああ、俺の名前か……」


 そこで俺は悪戯な笑みを浮かべ。


「俺はイッパイアッテナ!」


 なんて言って見せた。

 それを聞くとギンはふふっと笑い出した。


「それ絵本の猫の名前じゃないか! あはは! なんでそんな嘘吐くのさぁ」

「ははっ、悪い悪い、シンだよ、シン。鈴木シン。普通の名前だろ?」

「シン、シン、うん覚えた」

「良い子だ」


 家に上がる。玄関に積まれた缶ビールの山。俺は「あちゃあ」と顔を覆う。そういや昨日飲んでそのままにしたの忘れていた。


「ごめんな、今片づける」

「いいよ、手伝う」


 ギンは本当に良い子だった。その後も洗濯物が散らかった部屋を一緒に片づけてくれて、ついでに「掃除機もかける?」なんて聞いてきた。「そんな事よりお前のお風呂が先だ」と俺は告げた。


 お風呂、病衣を脱がせて見ると、その身体には手術痕があった。ギンは何か病気なのだろうか。


「お前、これ」

「あんまり見ないで、恥ずかしい」

「ああ、悪い、一人で入れるか……って入れるよな」

「うん」


 そう言って、一人風呂場に向かうギン。なんか結局、俺は誘拐犯と変わらんのじゃないかとちょっと戦々恐々としてしまった。病衣だって自分で脱げただろうに。ついお節介を焼いてしまった。とりあえず適当に俺の服を着替えに用意する。少し大きいだろうが、まあ大丈夫だろう。

 しばらくシャワーの音やらがする。俺はテレビを点ける。そこに映っていたのは深夜の通販番組、ジョニーとジェニファーが何やら、健康器具を紹介していた。俺は「もうそんな時間か」とふと明日の事を気にする。明日は休みの日だ。そうだギンの着替えを買いに行こう……そんな風に思っていると……だんだん……眠く……なって……疲れの……せい、で。


 翌日。

 俺はギンに起こされた。


「おはよう」

「……んあ、誰?」

「もう忘れたの? ギンだよ、ギ・ン!」

「ギン……ギン……ガンガンギギーン……」

「まだ寝ぼけてる……オーキーロー」

「うわぁ」


 俺はギンに思い切り揺さぶられ昨日の記憶を走馬灯のように思い出す。そういや昨日は飲んだ帰りだった。毎日飲んでるな俺。でも飲まなきゃやってらんねー。そして酔った勢いで未成年を拉致って来てしまった事まで行きあたると俺は顔面蒼白になる。


「と、とりあえず警察に行こうか……?」

「い、いやだ。警察はダメ!」

「そ、そうか、よ、よし。しかし、あれだな、やっぱり俺の服じゃだぼだぼだな、よし着替え買って来るから少し待ってろ! あとなんか食いたいもんあるか!?」

「えっえっ、じゃあシュークリーム!」

「分かった行って来る!」

「いってらっしゃ――ってもう行っちゃった。なんなのさもう」


 俺はいたたまれなさにその場に居続ける事が出来なかった。なんかこう罪悪感に圧し潰されそうだった。酔ってたとはいえ、下手に手を出すべきではなかった。俺に家出少年(勝手に決めつけ)の世話など出来るはずもない。それにあの様子だと、恐らく家出じゃなく病院脱出系だ。余命幾ばくもないとかだったらいよいよ責任が取れない。そこまで分かっていて俺は携帯から警察に連絡する事が出来ないでいた。


「服、買わなきゃ……ユニシロでいっかな」


 そんな自己暗示めいた言葉で自分自身を騙しながら、俺は道を進んだ。俺は着替えるのも忘れたよれよれのスーツの姿のままだったのを思い出して思わずネクタイを締めた。

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