第2話 どこの学校?そして夏休み
早速ネットで調べると、あの子が降りた駅の近郊には3つの高校が存在し、制服を調べるとどれも正直区別がつきにくいブレザーで、結局どの高校に通っているのかはっきり分からなかった。とすると、やはり自分の目で確かめるのが一番だ。
翌日の電車、いつも通り席に座り、あの子もいつも通り少し離れた席に座る。いつもと違うのは自分の降りる駅だ。あの子は降りる駅に到着し、降りていく。少し経った後、人ごみに混じって僕も降りていく。ストーカーみたいだけど、なにも学校までついて行くわけじゃない。そうやって自分を納得させる。3つの高校はどれも出口が違っているので、どの出口から駅を出ていくかでどの高校なのか分かるはずだ。あの子、改札を通る。その約10秒後、僕も改札を通る。あの子と同じ制服の生徒たちが人ごみの中で少しずつ増えていく。そしてあの子達は東口へ。ここで僕はホッと胸をなで下ろした。その東口に一番近い高校は3つの高校のうち唯一の女子高で、見かける生徒達の性別、そして制服こそ違いが分からなかったものの指定のカバンで答えは更にはっきりした。とりあえず同じ学校に通う男子が居ない、という事実だけで僕は何故か少しだけ安心した。そしてすぐに踵を返し、元の電車のホームへ急いで戻った。次の電車に乗れないと遅刻は確実だ!
結局遅刻し、珍しい視線を浴びたのは言うまでもないのだが。
随分早送りになってしまうが、僕はその後あるタイミングで電車を降りたあの子に思い切って声を掛け、なんとかメールアドレスを入手する事に成功、その後は驚く程の早さで二人の距離は縮まり、僕らは夏が遠のきつつある、人気のない浜辺に遊びに来て潮騒の音に耳を傾けていた。あの子のつばの広い白い帽子に、同色のワンピースというコーディネートは古き良きロマンチックな映画からそのまま出てきたようだ。そんな彼女に僕は声を放つ。
「あのさ」
「なに?」
「出来れば君とずっと一緒に生きていけたらな、と思って」
「あれ、それってプロポーズ・・・?」
「・・・うん!そうだよ。結婚前提でお付き合いして下さい」
僅かな沈黙。
「こちらこそ、宜しくお願いします・・」
僕は自分を取り囲む、この世のすべてに感謝した。
「なわけねーだろッ!」
それまでの雰囲気を全て破壊するかのように、そして、猛々しい野太い声と共に彼女の白く細い腕が瞬時に動く。強靭な拳が目の前に現れ、僕の顔にめりこんでいった。束の間の妄想・夢劇場はここで閉館を迎え、僕の真横にはあの子の代わりに無表情の目覚まし時計が朝を叫んでいた。そうだ、今日は夏休み前最後の登校日だ。
通学時、普段通りあの子をたまに遠くから眺めながら、いつも以上に切なさに襲われた。これから夏休み、それも高校生活最後の夏休みが始まるというのに当分君に会えないなんて。勿論受験勉強が大事なのは分かってるけど、本来は休みという開放的な期間が始まって嬉しい時期なのに、気持ちはむしろ逆方向を向いている。それ故に、無意識にいつもよりあの子を見つめる時間が少しだけ長くなっていたのは言うまでもない。
かくして、夏休みはある種の絶望を立ち込めながら始まった。部屋にこもって一応勉強こそしていたが、時間と時間の間に割り込んでくるのは、やはりあの子に対する好奇心。せめてあの子の写真やポスターが1枚でも有って、部屋に貼り付けてれば多少勉強に対する集中力もモチベーションも上がるのに。それも「○○君、頑張って!」なんてフキダシを勝手に付け足してさ。以前ドラマでそんなの観たよ。
仕方ないので、有名人であの子に似てる人はいないか探し始める。あの子の最近見当たらない雰囲気故に「昭和 女優 美人」「モデル きれい系」「超絶美人 有名人」といった言葉で検索しまずヒットしたのが昭和30年代に活動し、主に怪獣系や怪奇映画に出演していた女優。しかしあの子と比べるとちょっと顔が派手だし、唇も厚め。そうだ、ある人物の名前を入力するとそれに似た人を何人も挙げてくれるサイトがある。その女優の名前を入力して、更に似てる人を探そう。そのサイトで絞り込んだ結果、昭和末期から平成初期にかけて活動してタレントが一番似ていると感じ、ひたすらそのタレントの写真を作成したフォルダに集め、数少ない彼女の粗い動画を観てお茶を濁すことで僕の夏休み・7月終盤~8月初旬編は過ぎていった。
冷たい麦茶もそろそろ飽き始める8月中旬頃になると、勉強にも飽きてくる。自分で言うのもなんだが、友達も少ない、部活もしていない、特にどこか遊びに行ける場所も機会もない高校生の場合、1・2年生の頃から勉強する時間にはなんだかんだ恵まれており、模擬試験の志望校判定も悪くはなかった(しかし、勉強が出来る=モテるには繋がらないのがこの世の残酷な所だが)。
そうなると、ほんの僅かに余裕が生まれる。どうせなら、自分が抱えるあの子に会えない話せない付き合えないというフラストレーションを昇華出来る何かを探したい。そんな気分でネットサーフィンをしていると、週刊少年漫画雑誌による一般公募のシナリオ募集の記事を発見した。これだ!
締切は8月31日までと、まだ2週間程有った。僕はあの子と出逢ったという現実的な要素と、自分がその子に対し試行錯誤してアプローチ、結果成就するという理想的な未来の要素を組み合わせたシナリオを書いた。0から作るなら大変だろうが、これならスラスラとあれこれ思い浮かぶ。電車の中で出逢って気になり声を掛ける。あの子、返事する。
パターン1「私も気になってたんです」 都合良過ぎるだろ。
パターン2「あなたのような男が、この私に!?笑わせるんじゃないわよ!」昼メロか。あのビジュアルのイメージなら、そこまで違和感は無いけどさ。
パターン3「あの、前から知ってましたけど、気持ち悪いですよ?」冷たい現実。返事するパターンじゃ駄目だな、何かあの子ともう少しドラマ的であり、割と自然な出来事を作る必要があるな。
そうだ、ある日普段見かけるあの子の様子がおかしいので、遠くから凝視すると痴漢に遭っていて、最初こそ戸惑ったけどこちらも思い切って勇気を出してそれを摘発、それをきっかけに二人は知り合い少しずつ仲良くなる、ならまだマシかもしれない。
これを起点として、僕は思いつくまま更に続きを描いた。放課後近隣のショッピングモールのゲームセンターで遊んだり、フードコートで食事、夏は海辺でテトラポットの上を歩きながら他愛のないことを話して(海なんて近くにないけど)、それから浴衣着て花火大会だ。でもドラマとしては上手くいき過ぎるのはそれはそれで違和感有るから、噛ませ犬的存在として自分より高スペックな男ライバルをトッピング、あの子も一時はそっちの方に心傾けるけど最後に男の気の多さがバレて僕の方に振り向いてめでたし、めでたし。
という、結局完成したのは、普段仲間と小馬鹿にしている女子高生と、二枚目ドS男の恋を描いた最近の邦画の性別逆バージョンのような余りに稚拙で、余りに個人的なシナリオ。自分の創造性なんてこんなものだと開き直りつつも、僕の心は一つの作品を仕上げた事に対する満足感で満たされていた。勿論人が見るであろう作品ではあるのだが、自分の内側から今にも突出しそうなフラストレーションを源流とする創造性を昇華するには、自己満足としか言えない表現を込めたシナリオを作り上げるしかなかったのだ。書き終えて応募した後で漂う独特の切なさで満ちた部屋の窓には、ひぐらしの鳴き声が聴こえる、秋が微かに覗ける夏の終わりの夕暮れが映っていた。
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