ベルリンの空は青かった

野間戸ヤパーナ

ベルリンの空は青かった

2021年。僕はドイツの首都・ベルリンに降り立った。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、遥々東京からやってきた。こんな状況下でも、僕がベルリンに来た理由はいくつかある。


一つは、音楽のためだ。ベルリンはテクノをはじめとしたダンスミュージックの聖地である。僕は10代の頃からダンスミュージックが好きだった。14歳で音楽を作り始め、18歳でDJを始めた。25歳になった今でも音楽制作とDJを続けている。本当はすぐにでもベルリンのナイトライフを楽しみたいところだが、この状況下ではパーティーが開催されていない。小規模でこっそりやっているパーティーもあるそうだが、行く気にはならない。新型コロナウイルスが発生して以降、パーティーどころか人と近距離で話をすることができなくなってしまった。この先ワクチン接種が進んで感染者が減ったとしても、向こう何年かはずっと人との距離を気にしてしまうと思う。こればっかりは仕方がない。


二つ目の理由は、ベルリンがフリーランスの街として有名だからだ。僕は昨年末、新卒で入社してから2年半程働いていた上場企業を辞めてフリーランスになった。具体的には、音楽制作とDJ、そしてライターとして働いている。フリーランスと聞くと憧れを抱く人がいるかもしれないが、現実は大変だ。本業はさることながら、営業や経理などの業務も全て一人でこなす必要がある。フリーランスは、自分が社長であり、従業員でもある。社長の自分と従業員の自分の意見が脳内で食い違う時があるが、生き残っていくためには社長の言うことを聞かないといけない。基本的には24時間365日、常に仕事のことを考えている。目の前の業務をこなしながら、今月の売り上げを毎日意識し、目標売上金額に到達するためにはあとどれくらい案件を引き受けなければならないかを逆算する。そんな毎日だ。ただ、これだけ大変な毎日でも、僕にはフリーランスの方が合っていると思う。なぜなら、人間関係を気にすることなく、全て一人で完結することができるからだ。


先程述べたように、僕は日本の上場企業で2年半程会社員として働いた。具体的には、経理の仕事をしていた。経理の仕事を希望した理由は、大学時代経済学部に所属しており、簿記の授業を受けた経験があったからだ。とりわけ経理の仕事が好きなわけではなく、なんとなく入った。どんな仕事をするかよりも、東京の上場企業で働き、大都会で華やかな暮らしをすることが夢だった。音楽で食っていけるはずはないと思い、趣味で続けていこうと決めた。


最初に住み始めたのは郊外だったが、夢だった東京での会社員生活が始まった。仕事は覚えることが多く大変だったが、週末に渋谷や新宿に繰り出して遊ぶために日々頑張っていた。そんな生活を続けて半年程経った時に、ふと思った。『あれ、なんか全然楽しくない』。次第に仕事が忙しくなり、気付けば週末は街に繰り出さず、ずっと家で寝ていた。それくらい仕事が大変だったのである。


上司の理不尽な要求、半強制的な残業、お局からの圧力。何もかもが嫌だった。会社員がこんなに大変なら、早く教えてほしかった。そう強く思った。何とか1年目を終えた僕は、絶対に会社勤めを辞めてフリーランスになると決心した。ブログをやったり、YouTubeをやったり、できることは何でも挑戦した。趣味で続けていた音楽も少しずつ名前が知られるようになり、僅かではあるがお金を稼げるようになった。上手くいかないことの方が多かったが、ライターの仕事が自分に合っていると気付いた。まともに稼げない状態だったが、ある程度の貯金はしていたし、もしダメでもウーバーイーツがあると自分に言い聞かせて、ついに僕は会社を辞めた。今となっては遠い昔のようだが、まだ半年前の話である。


会社員時代があまりに辛かった経験から、日本という国が嫌いになり、ベルリンに来た。夢を追うと同時に、逃げてきたのである。会社での嫌な経験によって、日本のあらゆることが嫌いになってしまった。異常なまでのルッキズム、他人を妬む国民性、出る杭を打つ凡人達。あまり母国のことを悪く言うのは嫌だが、これが本音である。もちろん、ベルリンに来てから再認識した日本の良さもある。日本語が通じる、ご飯が美味しい、安全で清潔。こういった部分は、やはり母国日本ならではの素晴らしさだと今は思う。


ベルリンでの生活は始まったばかりだが、ここは自分の居場所のような気がしている。ドイツ語は初心者レベルで、英語が多少できる程度の語学力でも何とか暮らせているのは、街の人達が優しくてフレンドリーだからだ。外国人の僕がスーパーや駅で困っていると、向こうから話しかけてきて、助けてくれる。ドイツ語で話されると理解できないが、ジェスチャーを使ったり、英語で話したりしてくれる。これから嫌なこともあるかもしれないが、少なくとも今のビザが有効な日までは、このベルリンという街で暮らしてみようと思う。いつか胸を張って、僕はベルリナーだと言える日がくればいいのに。

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