第5話

 彼女が名前を訊いてきたので、名乗った。


久端くりはらさん」


 そう。久端。私の名前。


「偽名よね?」


「え?」


 たしかに、偽名と言われれば偽名だった。久端。こう書いて、くりはらと読む。本当は、ひさはた。でも、書類とか呼ばれる名前はくりはらで通っていた。なぜこうなったのかは、自分にも分からない。


「本当の名前。なんていうの?」


 答えるか、迷う。

 べつにどうでもいいことなんだけど、本当の名前っていうカテゴリ自体が、なんかかっこいい。自分のものだけにしていたい。


「あ、じゃあわたしが先にひみつおしえるね」


 ひみつ。


「わたしね」


 はい。


「みんなからあんまり認識されてないの」


 うん。今日一日見てろって言われたから。知ってる。


「あ、知ってるの?」


「他のことを教えて」


「はい。どうぞ」


「昨日」


「はい」


「なんで急に乗ってきたの。なんで喋らなかったの?」


 彼女の顔が、ちょっと朱くなる。


「いや、えっと、伝わるかな、と思って。ええと、ぼでぃらんぐえっじ」


 よく分からなかったけど、彼女の顔が朱くなったので、それ以上 詮索せんさくするのをやめた。

 自分の名前は教えてあげた。

 彼女は嬉しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る