僕だけのデスゲーム

九条信

第1話 契約締結

『...となります。なにか質問はありますか?』


悪魔の声が聞こえる。


デスゲームのルールを伝える声。

悪魔と言われてイメージするような嫌らしい笑いを浮かべることもなく、悪意もなく、あくまで業務的。


聞き取りやすい声なのだが、僕はその言葉が理解できずにいた。

周りも騒ぐことなく話を聞いているようで、周りの騒音で声が聞き取れていない訳でも、デスゲームを嘆き感情的に取り乱しているわけでもない。死を目の前に取り乱し、暴挙に出ているわけでもない。むしろ、冷静に悪魔の発言の真意を探っていた。


不用意に悪魔を刺激してこの場で殺されては困る。

今できる最善の手として、何よりも情報を理解している事こそがこの場の誰にも負けず、このゲームに勝つ為には必要な要素になると考えた僕は、ルールを何度も反芻していた。


【ルール】

1. 全員勝利か全員敗北しか終了条件は存在しない

2. 指定の時間まで制約を守れた場合勝利とする

3. 自身で口にした約束を制約と見做す


言葉の意味はわかるが、理解は追いついていない。

デスゲームと説明されているので、敗北は即ち死を意味しているのだろうが。


しかし、他のルールがめちゃくちゃだ。


−1. 全員勝利か全員敗北しか終了制約は存在しない

最後に残った一人しか生き残れないルールではなさそうだが、全員勝利と全員敗北以外の場合はどうなるのだろう。条件が曖昧過ぎる。悪魔の言葉と人間の言葉の翻訳にミスでも生じているのではないだろうか。しかし、殺し合いというよりも協力ゲームのようで安心する。人を殺す必要がないのであれば幾分か気持ちは楽になる。


−2. 指定の時間まで制約を守れた場合勝利とする

これはなんだ。指定の時間はどれくらいなんだ。勝利という定義自体も曖昧な状態で更に指定の時間さえ明言されないのはどういうことなのか。ルールが不明瞭すぎてやってられない。


「指定の時間ってどれくらいあるんですか?」

「今回は60分です」


ダメ元で聞いてみたが、あっさり回答が返ってくる。

現在の時刻は17:30。門限はないが、あまり遅く帰ると怒られる僕にとって、短時間で終わり、帰れるのは歓迎すべきことだ。


悪魔への質問なんていうのも初めてしたが、特に人間と変わりないのだと変に感心する。姿の見えないこの悪魔の雰囲気は、本当に悪魔なのか疑わしいほどに紳士的で人間的なのである。


『3. 自身で口にした約束を制約と見做す』

そして、これだ。


今回のデスゲームのルールはここに集約されていると言っても良い。僕自身が悪魔と約束さえしなければ、何も制約は発生せず、発生していない制約を破ることは出来やしない。現時点では恐らく何も約束しなければ、何事もなく勝利できるのだ。


この悪魔は一体何をしたいのだろう。


楽勝のデスゲームに安堵する気持ちもあるが、そんな美味い話があるわけがないと直感が不吉に囁いていた。腑に落ちない部分が多少あるにしろ、攻略方法の見つかったデスゲームに恐れるものはない。悪魔も完璧ではないのだろう。


「ルールはご理解いただけましたでしょうか?」

「だ、大丈夫です」

「では、デスゲームを開催してください」

「...わかりました」


承認した後、すぐに何か違和感を感じる。何かミスをしたのか、してはいけないことをしてしまったのか。何とはわからないが、何かまずいことをしてしまった時の感じだ。ニヤリと笑ったような気配を感じ、それが確信に変わっていく。


今、僕は何に同意したんだ。

いや、何を約束したんだ。


自分の発言を何度も頭の中で繰り返し、どこに違和感を感じたのか死にものぐるいで考える。表情に不安さを出さないようにと努めていたが、この時の僕の表情は相当こわばっていたに違いない。


「デスゲームを開催してください?」

「ええ、時間内にデスゲームを開催することがあなたの制約であり、勝利条件です」



◆◆◆




一瞬頭が真っ白になる。




デスゲームに巻き込まれた時点で死のリスクは覚悟はしていた。

正確には仕方ないと受け入れたと自分に思い込ませていた。


しかし、唐突に「死」のリアルが僕に襲ってくる。

自分がルールに沿って殺されるなら「不運な」「被害者」なのだ。


そういうストーリーに従って、精一杯の生へ執着し続けて運が悪ければ死ぬのだ。

死んでも仕方がないし、仮に他の人が死んでもそれはデスゲームなんて始めたやつが悪いのだ。参加者の僕が咎められる理由はない。被害者なのだから。


しかし、今回の出来事はそうじゃない。

僕は「デスゲームの主催者になる」必要がある。


「不運」なんかではなく、「自分の意志」で、他人を死に追い込み楽しむ「加害者」だ。死ぬかもしれない状況が日常に突然現れて、平然と攻略できるような漫画の主人公にはなれやしない。しかも「デスゲームの主催者」になるなんて正気の沙汰ではない。


ふと、そんな冷静でいられない状況にも関わらず静かな周りに違和感を覚える。

悪魔との会話、デスゲームの説明。なぜか大勢で聞いていると思いこんでいたのだが振り返るとそこには誰もいなかった。誰に強制されるでもなく、周りを見ることさえしていなかった自分が如何に余裕なく振る舞っていたのかを自覚させられる。


冷静でないことを自覚してからは心音と時計の秒針の音がうるさく聞こえ、それに対して苛立つ余裕の無さもまた、冷静でないことを思い知らせてきて腹立たしい。


僕以外が反応していないのも、声を上げないのも当たり前だった。

誰もいないのだから。


最初から疑問に思うべきだった。

大勢で悪魔の話を聞いていると勘違いしていなければ、よくあるデスゲームの参加者ではない事くらいには気付けたはずだ。もしそうなっていれば、あのこじつけのような「デスゲーム開催」の条件に返事をしてしまうこともなかったかもしれない。自分が選ばなかったあらゆる可能性を頭に浮かべながらも、そんなことに意味はないと何度もその可能性を否定する。


気付かないうちにふらついていたのか、足元の床が僕の移動に合わせて僅かに軋む音を響かせ、それに驚いた僕は体制を崩し、尻もちをついていた。


「僕にデスゲームなんて開催できるのか?」


誰もいない教室で、誰にも聞こえないように小さな声で僕はそう呟いていた。


17:30。

残り時間59分。

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