手段その37 時短

 教頭がいなくなったせいで、学校の治安は随分と乱れた。

 別に俺たちに直接の影響はないが、押さえつけられていた不良たちが目を覚ましたように休み時間の度に廊下や校庭で喚き散らしている。


 こう見ると、あの教頭のやっていたことは間違っていなかった。 

 むしろ先生としての責務を全うし、健全な学校にするべく力を使っていたとさえいえるだろう。


 ただ、俺たちにとっては都合がよすぎるタイミングでいなくなったので、個人的にはホッとするところもあったのだけど、やはり人の不幸を素直に喜べはしない。

 最も教頭がやったことが事実なら自業自得で当然の報いなのだから心配するのも変な話だが。


「お兄様、随分と学校が騒がしいですね」


 昼休みに渚と飯を食っていると、何事もなかったかのように彼女がそう話す。


「ああ、教頭がいなくなったらここまでとはな。しかしあの人がロリコンとはちょっと信じられないけど」

「でも、噂によりますと以前は小学校の先生をされていたのを高校の教諭にかわったとも聞きました。やはりそういうことでは?」

「そんな噂初めてだな。なるほど、まあそうなのかもな」


 渚と関わってから、真相が闇の中に葬られているものがあまりにも多い。

 教頭の件も結局は真実なんてわからずじまいで、ただ俺にとって不都合なものだけが都合よく消えていくという事実だけがいつも残る。


 これを偶然ととるにはあまりにできすぎている。

 だからといって一人の女子高生が一体どれほどの力をもっているのだという話だ。


 渚が何を企むのかはさておき、はたして先生を脅したり追い込んだりするなんて、そんなことができるのだろうか。


「お兄様、週末は水族館へ行きませんか?私、お魚を見ていると癒されるんです」

「最近暑いし、たまにはいいかもな。でも意外だな、そんな趣味があるなんて」

「ええ、食しても見るだけでも楽しめるなんて、まるでお兄様みたい」

「え、うん……」


 どうやら俺の味は美味らしい。

 渚に冗談で「俺は食ってもうまくないだろ」とすっとぼけてみたところ「いいえ、とても美味しいですよ。それに飽きませんし」なんて真顔で言われたのでこの手の話はしないことにした。


 俺はまな板の上の鯉である。


 とまあ荒れた学校に用事はないのでさっさと渚と帰るのだけど、治安が悪くなるということはやっぱり変な奴が沸いてくるというわけで。


「あれ、渚ちゃんとおにーたまじゃん」

「ぎゃはは、お前バカにしすぎ。おにーちゃまー」

「あはははは」


 俺と渚が正門を出ようとすると、変な不良に囲まれた。

 三人組の連中はあまり顔をみたことがなかったので多分謹慎になっていたか不登校だった連中なのだろう。


「……渚、帰ろう」

「ええ、お兄様」

「おい無視すんなって。ていうかおにーたまに用事ないからお前はさっさとどっかいけ」


 目当ては渚。そりゃそうだ、俺に用事なんてないだろうしあってたまるものかというものだ。


 そんな連中に、渚に絡むのはやめておけとアドバイスを送ってやりたかった。

 もう遅いけど。


「ぎゃー!」

「え、どうしたおま……ぎゃー!」

「え、何が起きた?」

「お兄様との時間を邪魔するなら、死んでください」

「え、何もってんのそれ……」

「スタンガンです。電圧間違えたら死にますけど、いかがです?」

「う、うわー」


 不良二体がその辺りに転がり、もう一体は走って逃げた。

 

「お、おい渚」

「お兄様、帰りましょう」

「え、いやでもこいつらどうするんだよ」

「今は人通りも少ないですし、放っておけばいいのです」

「も、もし死んでたらどうするんだ」

「カラスにでもご馳走しましょう。あ、でもゴミを食べろなんてカラスに失礼ですかね。うふふ」


 幸い、すぐに目を覚ました不良たちはすぐに渚のヤバさに気づいて逃げていったのだけど、やはり彼女は危険なのだと再認識させられた。


 最近渚の良いところばかりを見ようと、盲目になっていたのだが目の前でバッタバッタと駆逐される不良を見て少し冷静になったというか。


「渚、スタンガンを持つなっていっただろ」

「でも、お兄様がもつというお約束は?今日、お持ちでないようですし」

「そ、それはだな……」


 渚は抜け目がない。俺が持つ代わりに武器を捨てろと確かに俺がそういったのだからその指摘は耳が痛い。

 しかしどこの世界にスタンガンを常備する高校生がいるものか。

 俺はまだそんな勇気も無謀さも持ち合わせていない。


「あのな、暴力はダメだ。もっと平和的な解決をだな」

「お兄様、世の中には言葉が通じない輩もたくさんいます。さっき逃げていったゴミもその部類です。そんなものに費やす時間がもったいないので手っ取り早くわかっていただくために渚はこういう道具を使用してるんです」

「……わかった。どうしてもっていうなら護身用としていいかもだけど、それを俺の友達に向けたりするなよ」

「ええ、もちろんです。こんなものでは……いえ、こんなものは使いません」


 人の少ない夕暮れの下校道を渚と帰る。

 それはいつものことだが、しかし渚は俺と付き合ったからといって何も変わらない。

 それが不安だった。


 俺を手に入れれば少しは渚も温厚になるかもなんて期待はやっぱりしない方がよかったのだと改めて痛感する。


 だって。


「お兄様。私とお兄様のことをよく思わない先生ってまだいらっしゃるのご存じですか?さて、明日はどんなニュースが流れるんでしょうね」


 渚は俺とのユートピアを作るために、手段を選ばないおつもりだから。

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