手段その3 二人っきり

「おはよう……」

「ハルト、元気ないな。ていうか一緒にいたのってもしかして噂の義妹ちゃん?やばいくらい可愛いじゃんか」

「ああ、そうなんだけど……」


 学校に着いたところで渚と別れると早速透がやってきた。


 こいつに渚のことを相談すべきかどうか早速悩む。

 確かに見た目は可愛いなんて言葉では表せられないほどに渚は完璧だ。


 およそ男の好みを全て持ち合わせたような見た目。

 それは誰しもが一目惚れしてもおかしくないほど。


 ただ、なにせ愛が重い。いや、重いというか怖い。

 それに俺は親父を裏切りたくないという気持ちもあって彼女との距離感に困っているのだ。


 話せばきっと「付き合ったらいいじゃねえか」くらいに言われるのがオチ。

 そんな簡単な問題じゃないというのは当事者でなければわからない問題だ。


「はあ……」

「おいおい、義妹が可愛すぎて早速恋したか?」

「そうであってほしかった、としかいえない」


 やっぱり話すのはやめておこう。

 一応渚は俺の家族だし、あまり家族を悪くいいたくはない。


 それに学校で変な噂が回っても彼女だって困るだろうし、ここは俺が少し我慢すれば……


「お兄様、転校の手続きが終わりました」

「わっ、渚?なんでここにいるんだよ」

「会いにきました。一限目まで時間がありますので」

「会いに来たって……」


 渚が急にクラスにやってきた。

 もちろん教室は突然現れた美女に騒然となる。


 そして話していた透も、彼女をみて目を輝かせていた。


「あの。俺、日下部透って言うんだ。渚ちゃんだっけ?アニキとは仲良しなんだ、よろしくね」

「ええ、よろしくお願いします」

「う、うん」

「でも、私のことは葉山とお呼びくださいね。私のことを名前で呼んでいいのはお兄様だけです。ではお兄様、失礼します」


 最後に少しムッとした表情を見せて、渚は足早に教室を出て行った。


「……本当にお前、あの子のなんだな」

「ま、まあな」

「いいなー、お前あんな可愛い子と一緒に暮らすとか反則かよ!」

「お、お前声がでかいって!」


 透は渚に暗にフラれたことなど気づいてもいない様子。

 それどころか渚に夢中になってしまったようで、その後もしきりに「今日は家に遊びに行っていいか」などとしつこかった。


 渚の評判は学年を超えて学校中にすぐに広まることとなる。


 そして俺と彼女が義理の兄妹だということもまた、あっという間に周知の事実となり、普段目立つことの少ない俺も今日ばかりは学校中の注目の的となった。


 休み時間の度に渚は一階にある一年生の教室から二階の俺たちのところまで足繁く通った。


 その度に教室は沸く。

 そして俺は男子共に睨まれる。


 そんなことを繰り返して昼休み。

 渚がどうせやってくるのだろうと身構えていると、不機嫌そうな友人が俺に声をかけてきた。


「ちょっと、妹って言ってたけどあの子本当にただの連れ子なの?」

「なんだ涼宮か。急にどうしたんだよ」


 涼宮さゆり。俺と透の中学からの同級生であり、俺の数少ない女友達の一人だ。


 腐れ縁とはよく言ったもので、中学の時からずっと同じクラス、更には席もよく隣になることで自然と話すようになったのがこいつと仲良くなったきっかけだ。


 ただ、涼宮と俺は男女の仲になどなることはないと、なんとなくだけどそう言い切れる。


 それは彼女が好みのタイプじゃないからとかそんなのではない。友人としてウマが合うから恋愛感情とかに発展しそうにないのだ。


 涼宮はギャル系の美人で男子からの人気もむしろ高くて勉強もできて足も速い、いわば女版の透みたいな感じ。

 透にしても涼宮にしてもだけど、どうして俺と仲のいいやつはスペックが高いやつばかりなのか。

 こいつらとつるむ時はいつもそんな劣等感に押し潰されそうになるのだけど、今日ばかりはいつもと違った態度の彼女に少し戸惑う。


「ねえ、あの子って絶対あんたのこと男として見てるでしょ」

「さあ、どうだろうな。でも、どっちにしても家族になったんだから変なことはしないよ」

「ふーん、ほんとにそうかしらねえ」

「なんでお前がそんな心配するんだよ」

「べ、別に心配なんかしてないわよ。でも、ただの義妹にしては随分仲良いから気になっただけ」


 そんな会話をしていると颯爽と現れるのはもちろん渚だ。

 嬉しそうに、何の躊躇いもなく上級生の教室に入ってくると、涼宮の顔を見てまた今朝のように目を細める。


「お兄様、ご友人ですか?」

「え、ああまあ。涼宮っていって中学からの同級生だよ」

「へえ、同級生……そうですか。では、帰りましょうお兄様」

「ん、ああわかった」


 渚の目つきが怖いこともあって俺も慌てて荷物をまとめる。

 涼宮もそんな俺を見て帰ろうとするのだが、俺にだけ聞こえる声で一言「あの子、気をつけなさいよ」と囁いて出て行った。


 うーん、女の勘とでもいうのか。全く涼宮の言う通りだ。


 でも、気をつけるったってどうすればいいんだ。

 俺たちは家族なんだから、向こうが弁えてくれないことにはどうしようもないんだけど。


「お兄様、さっきの方とは随分仲がよろしいのですね」

「え、涼宮のことか?まあ腐れ縁だよ。ただの友達だ」

「友達……そうですか。では、あの方とは何もないのですね?」

「ま、まあ涼宮と俺が恋愛することはないよ」

「よかった。お兄様、私、信じてますから」


 一体何をだよとツッコみたかったがやめた。

 ややこしい話は極力したくない。

 もうすでにこんがらがっているのにこれ以上の混乱は御免だし、それにまずは渚との適切な距離の取り方とやらを探る方が先決だ。


「なあ渚、俺たちは家族なんだから恋愛するのはやっぱり変じゃないか?」

「でも血は繋がってませんからなんの問題もないのでは?」

「そ、そうだけど。ほら、親父だって俺たちには本当の兄妹みたいになってほしいと思ってるだろうし、それは裏切れないというか」

「では、本当の兄妹のように仲の良い恋人になればいいのではないですか?」

「そ、そういう問題では……」

「お兄様、やはり誰か想い人がいらっしゃるのですか?」

「い、いないいない。そういうことじゃないんだって」

「そうですか。あっ、今日の夕食は私がお作りしますね」

「そ、それはありがたいけど優子さんと?」

「いえ、母はお義父様と今日から別の家に住んでいただくので」

「あ、そう……ってなんだって!?」


 またしても急な展開に俺は下校道で大声をあげてしまった。


「新婚ですから。お二人は近くにアパートを借りられましたわ」

「ましたわって……それも渚が仕向けたのか?」

「とんでもないです、私はただ母にそう勧めただけです」

「ということは」

「ええ、今日からあのお家には私とお兄様の二人だけということになります」

「……」


 それじゃあ昨日の風呂のルールとかはなんだったのだという話だが、それについてはすぐに疑問が解けた。

 親父と優子さんが家を出て行くのはやはり急なことだったようで、帰った時にちょうど新居へ出て行こうとする親父から「急ですまんが家のことは頼むぞ」と言われたので納得はした。


 しかし納得しただけだ。何も解決はしていない。

 

 俺を狙う義妹との二人暮らし。

 これがどれほどまでに過酷な生活か、今の俺にはまだ想像もついていなかった。

 


 

 

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