100日後に蘇る魔王

【世界一】超巨乳美少女JK郷矢愛花24歳

100日後に蘇る魔王

「これで終わりと思うな、この世に争いがある限り、我は不滅。いつの日か……必ず、我は蘇るだろう」




 聖剣により貫かれた胸から、我を形創っていた膨大な魔力が漏出される。


 我が命が残りわずかだと、すぐに理解した。


 我の言葉を、勇者は真剣な眼差しを向けながら聞いていた。




「……我が蘇るその日まで、束の間の幸せを享受すれば良かろう。勇者よ、貴様は我から人類を救ったのではない。人類滅亡をただ先延ばしにしただけだ」




 そう言ってから、我は嗤う。


 この世全てを嘲るように。




「……私は、何も心配していない」




 勇者が口を開いた。


 その声には、憎しみはない。


 ただ、穏やかな声だった。




「私たち人間は、想いを受け継ぐ。平和を愛する心が人の中にある限り、人は決して、お前ら魔族に負けはしない」




 そう言って、勇者は優しく微笑み、消えゆく我の手を、握った。


 ――すでに消え去りそうな我の手が、暖かなぬくもりを確かに感じた。




 つい先ほどまで命を賭した死闘を繰り広げたにもかかわらず。


 この人間は、我を慈しんでくれるのか……。




「……その想いこそが、我を打ち破りし力の正体というわけか」




 我ら魔族よりも弱く儚く、下等な生物。


 その人間が。


 たった一人の人間が。




 最強最悪とあまねく全ての存在から恐れられた我を滅ぼした。


 ならば我は、最強の生物の矜持を持って、認めぬばなるまい。




 我はこの世から消え去る前に、最後の力を振り絞って言う。




「人間っておもしろ」




 と、続く言葉を口にすることができず、我は消滅した。


 不思議な感覚だった。


 人間に敗れたというのに、今の我の心の内には、確かな温もりを感じていた。


 我は、確かに満足をしていた。




 ……ただ、一つだけ心残りがあった。




 最後の言葉、を聞いた勇者に、




「魔王ってデスノート好きなんだな」






 と。


 そう思われただろうことが――ただ一つ、心残りだった。








☆☆☆




 そして我は、悠久とも思われる時間、意識も存在もなくなったにも関わらず、来るべき復活のためにそこに在り続けた・・・・・。


 我がいなくとも、人は闘争を終えない。


 勇者の語った、平和を愛する心。


 あの言葉に、嘘はないのだろう。


 それでも……勇者よ。


 この世は、我の復活を――混沌を望んでいる。




 故に、我は必ず、蘇るのだ……。






☆☆☆






 ただそこに在り続けた我の意識が、急激に研ぎ澄まされていく感覚があった。


 意識だけではない。




 五感全てを取り戻した。


 間違いない、我はこの世に再び顕現したのだ。




「……我を呼び覚まし者は、誰だ?」




 我はその場で、この世のものとはとても思えぬ恐怖と混沌と絶望に満ちた声で告げる。




 しかし、我が声に応える者はいない。


 しん、と静まる周囲……それも、無理はなかろう。




 我が目の前でビクビクと震えているであろう者を見ようと、我はちょとだけ薄目で、周囲を見た。




 まず目に入るのは、3畳程度の広さの狭苦しい和室。


 中央には色あせたちゃぶ台と、すっかりくたびれた座布団が3枚。


 見慣れた光景だ。




 この場所は、魔王城の儀式の間だった。




 それは、何も問題がない。


 我が蘇る場所は、いつもきまってここだからだ。


 しかし……。




「あれ~、おかしいなぁ~?」




 思わず、そう声を漏らしていた。


 何がおかしいのかというと、我が復活したのに、誰も周囲に侍っていないことだ。




 胸騒ぎを覚えた我は、儀式の間から1階のリビングに移動し、固定電話代わりに使っているiPhone8を手に取った。




 我ら魔族の寿命は長い。


 我が死んでからどれほどの時が流れたかは分らぬが、魔王軍NO.2である『側近のおっさん』はまだご存命のはずだ。




 そう思った我は、電話帳から『側近のおっさん』の番号を調べ、電話をかけた




『あー、はいはい魔王の側近です』




 とても懐かしい、普通のおじさんのような声が聞こえた。


 間違いない、側近のおっさんだ。




「あ、側近のおっさん? 魔王です。あ、久しぶりだよね? 我のこと覚えてる? てか今どこ?」




 我が嬉しさのあまりちょっぴりテンション高めでそう言うと、側近のおっさんはどうしたことか、高らかに笑ってから言う。




『今日の魔王城当番は、ケルベロス君だよね? 似てるよ、魔王の物まね! ウケるっ、声も似てるし!」




 明るい声の側近のおっさん。


 どうやら我を、電話番の魔王軍(新卒)と勘違いしているようだ。


 というかこいつ、我のことを影では敬称略していたのだな……!




「……我、魔王本人だし」




『ははっ、言いそう。超言いそう。魔王だったら、機嫌悪そうにそう言うよね、絶対』




 側近のおっさんは、爆笑しながらそう言っていた。


 ええい、耳元で煩い奴めっ!




『でもさ、ケルベロス君。設定甘いからね? 魔王が勇者に殺されてから、まだたったの100日しか経過してないから。こんなに短期間で蘇るわけないでしょ? せめて100年後ならね、わかるんだけどね』




 側近のおっさんは、息を切らしながらそう言った。


 笑いすぎやねん、と心の内で突っ込みながら、我は今の発言を聞いて驚いた。




 悠久の時をただ揺蕩っていたと思ったが、我が死んでからまだ100日しか経過していない、だと……?


 これは一体、どういうことだろうか……。


 思案する我の耳に、側近のおっさんの声が届く。




『魔王城当番、確かに暇だと思うんだけどね。一応大事な仕事だから、息抜きはほどほどに真面目に仕事しててね。あ、そうだ! 俺今、東京いるんだけどさ、お土産買ってくよ。何がいい? 東京バナナとか好き?』




「東京バナナも好きだが、我はごまたまごの方が好き」




『魔王乙www』




 我の言葉に、側近のおっさんは爆笑した。




『ケルベロス君グイグイくるー! 魔王の好みまで把握してて、完璧ななりきりじゃーん! OK,わかった。とりあえずごまたまご買って帰るから、楽しみにしておいてな。それじゃ、またなんかあったら連絡して』




「うん」




 我がそう答えると、側近のおっさんは電話を切った。




 どうやら、我が復活したという事実は、ジョークとして処理されてしまったようだ。


 しかし、実際に側近のおっさんに会えば、奴も我が復活を疑うことはないだろう。




 問題は、どうして我がたったの100日でこの世に復活してしまったのか、ということだ。


 これまでの場合では、我が死した際は、100年以上の時が流れぬば復活することはなかった。


 それが、今回はどうしてこんな短期間でリスポーンすることができたのか……。




 この世を恐怖と混沌に叩き落す、魔の象徴。


 それが我だ。


 であれば、世界の理が、我の復活を望んだと……そういうことなのだろうか?




 ――考えても、答えは出ぬか。


 一先ず、落ち着こう。


 そう考えた我は、台所でやかんを使ってお湯を沸かし、お茶を飲むことにした。


 そうして一息ついてから、我は高校生のころから使っているアディダスのジャージに着替え、タンスから現金を手に取り、魔王城から出た。






☆☆☆






 都営三田線を利用し、我は港区の駅に到着していた。


 我はグレード高めの飲食店を尻目に、人気の少ない通りにポツンとあるバーへと踏み入った。


 店内にいるのは、店主だろうナイスミドルと、若い女性客が一人。




「いらっしゃい」




 落ち着いた声で、店主が我に声を掛ける。


 それから、我は案内されるままにカウンターへと腰掛けた。


 並べられた酒瓶を品定めし、ふむと頷く。良い品揃えだ。




 我は蒸留酒を好んで嗜むが、メニューを見てまずはビールでのどを潤すか、一杯目から年代物のスコッチを注文しようか悩んだ。




「ストゼロ、ダブルで。それとナッツをお願いします」




 間を取って我はストゼロをダブルでオーダー。


 店主は驚きの表情を浮かべて物の、




「かしこまりました」




 と彼は告げてから、我の顎をぐいとつかみ、強引に両手で口を開けさせられ、ストゼロ500ミリ缶を口内へと注ぎ込んでくる。


 我は難なく一本飲み終えたが、店主は休む間もなく二本目を我の口内に注ぎ込んできた。




 やれやれ、乱暴な歓迎だ。


 だが……、




「悪くない味だな」




「ありがとうございます」




 飲み終えた俺が店主に告げると、彼は楽しそうに微笑みを返す。




 喉を潤した我は、16年物のアイラモルトを注文した。


 癖の強いピート香が、鼻をくすぐる。


 口に含むと、強烈なうまみとともに穏やかなアルコール感が広がる。


 ゆっくりと味わってから、我は飲み込んだ。




「美味い……」




 なんという美味い酒だろうか。


 我が満足しつつ酒を楽しんでいると、もう一人の女性客と店主の会話が耳に届いた。




 女性客は、酒を飲みながら店主に愚痴を零している。


 落ち着いた雰囲気の店に、彼女の存在はそぐわない。


 ……やれやれ、今日はどうやら外れの日のようだ。




 苦笑を浮かべ、我はつまみのナッツを口に放りつつ、女性客の顔を見ようとちらりと一瞥した。




 意志の強そうな切れ長の瞳。


 形の整った唇。


 雪と見まごう程真白な肌はアルコールによって朱くなっている。


 なにより、金色に光り輝く美しい長髪が見る者の目を奪う。




 とてつもない美人だった。


 そして、どこかで見覚えがあった。




「貴様、もしや!?」




 我は無意識のうちに立ち上がり、女性客にそう声を掛けていた。


 立ち上がった我に、トロンとした瞳を向けた彼女は、驚きの表情を浮かべて言った。




「お前は……デスノート好きな人!」




「うむ、間違いではない。が、しかし……」




 我は彼女……我を滅ぼした張本人である、勇者へ答える。




「我は人類を絶望と混沌へと導く魔王である……!」




 狂気と絶望を孕んだ声で、我は答えた。


 勇者は我のプレッシャーに、うっと言葉に詰まったのちに、イモ焼酎お湯割りをぐいと呷ってから答えた。




「というかなぜ魔王のお前がここにいる? いつ復活したんだ?」




「今さっき復活したのだ。久しぶりに飲みたい気分だったので、ここに来た」




「へー」




 我の言葉に、勇者は気の抜けた返事をした。


 随分と酔っているようだった。




「どうでも良いや……好きにすれば?」




 投げやりな答えを告げてから、グラスに残った芋のお湯割りを飲み干す。




「親父ぃ! 明るい農村お湯割り濃いめで!」




「お客さん、飲みすぎじゃないの~?」




「うるせぇっ、これが飲まずにやってられるかってんでぃ!」




 苦笑を浮かべる店主に、荒ぶる勇者。




「……何があった? 我でよければ、話聞くけど」




 我が言うと、勇者はこちらを睨みつけてから、グラスを手にもって隣の席に移動してきた。


 それから、我を睨みつけたまま、言う。




「お前のせいで、大変な思いをしてるのだ」




「魔王を打ち滅ぼした勇者様だ、政治屋の道具にされているのは、想像に難くないな。……だが、酒の席では政治宗教、野球の話はNGだ。トラブルの原因になるからな」




 勇者は我を再び睨みつけてから、ため息を吐いた。




「私に、様々な貴族から婚姻の申し込みが殺到している。苦労も知らないバカなボンボンか、肥え太ったおじさんか……ろくでもない人ばかり」




「そんなに気に入らないか?」




「気に入らない。所詮、魔王のいない世界での私の役割は、平和の象徴……つまりはただのお飾り。貴族の政治の道具にしか見られてないことなんて、不愉快だ」




 険しい表情を浮かべた勇者は、グラスを握りしめて続けて言う。




「……私だって、普通の女の子みたいに。恋、したいのに」




 拗ねたようすの勇者。


 普段は強がっているところしか見せない女子が、ふと弱いところを見せる。


 我はこれに弱いのだ。小学校に通っていたころから、こういうのには……。




 我はため息を吐いてから、グラスのアイラモルトを飲み干した。




「店主よ。我にも明るい家族計画、お湯割り濃いめを頼む」




 我のオーダーに、店主は苦笑を浮かべてから、手のひらに収まるサイズの個包装されたそれに、お湯をぶっかけたものがお出しされた。




「……下ネタかよ」




 勇者は軽蔑の眼差しを我に向ける。




「ち、ちげーし! 言い間違っただけだし! てか、なんでこんなのがバーにあるんだよ!?」




 我が母かーちゃんにエロ本を見つかった男子中学生みたいなテンションで言い訳をすると――。




「ふふっ、おかしいな」




 勇者が、笑った。




「なんだ、怒った顔ばっか見てたから、すぐに気づけなかったけど……お前、笑うと可愛いじゃん」




 我がそう言うと、勇者は、照れたように、ぷいと顔を逸らしてから、言った。




「は、はぁ!? そんな安いナンパ男のセリフで、私が喜ぶとでも思ったのか!?」




 そう言ってから、店主に向かって、




「大将、おあいそ!」




 といった。




「はいよっ! ちょうど6057円だよ!」




 ちょうどとは……? と我は思ったが、勇者は店主に代金を支払い、立ち上がった。


 我は彼女に向かって言う。




「元気が出たようで、良かった」




 我の言葉に、勇者は言う。




「まだまだ愚痴り足りない……」




 勇者の言葉に、我は彼女を振り返った。




「2軒目、行くぞ。……ついてこい、バカ魔王」




「やれやれ、随分自分勝手な勇者様だな」




 我は肩をすくめてそう呟きつつ、店主にお勘定を頼むのだった――






☆☆☆






 勇者に連れまわされた、翌日のこと。




「……朝か。ここは――?」




 僅かに残る、前日のアルコールのせいでいまだ頭がはっきりとしない。


 広くきれいな一室の、ベッドの上。


 清潔なシーツは、ほのかにエッセンシャルオイルの香りがした。


 ……間違いなく、魔王城の部屋ではなかった。




 ここは、どこだ?


 その答えをくれたのは、




「……む、魔王。もう起きたのか。……おはよ」




 一糸まとわぬ勇者だった。


 勇者は照れ臭そうに、はにかんだ笑みを浮かべて我に言うと、ちゅ、と口づけをしてきた。




 そういえば昨日は遅くまで飲み明かし、終電がなくなったため、港区のタワマン最上階に住む勇者の部屋で、始発までの間家呑みをさせてもらうことになったのだ。


 その後、お互い気持ちが高ぶって――今に至る。




「うむ。――おはよう」




 我がそう返すと、勇者は嬉しそうに微笑み、ベッドから起き上がった。




「朝ごはんは、何でも良いか? コーヒーは、砂糖とミルク、どうする?」




「任せる。コーヒーは、ブラックで頼む」




「任された」




 こうして会話をしていると、不思議な気分になった。


 我を滅した張本人であるはずの勇者に対し――たった一夜を共にしただけで、どうしてこんなにも愛おしさを感じてしまうのだろうか?




 我はこれまでにない幸福に満たされていたのだが――そんな気持ちは、すぐに吹っ飛んだ。




「これは……っ!」




 我はiPhone11PROで日課のまとめサイトチェックをしようとしていたところ、とあるニュースを目にした。




『勇者、泥酔。深夜のお泊まり愛?


 お相手はなんと、『あの』魔王!?』




 その見出しをチェックすると、我と勇者がこのタワマンに、一緒に入るところを週刊誌に撮られていたようだ!




 我が蘇ったこと、そして我と勇者が付き合ったことは、既に間に世間に知れ渡っていた。


 ヤフーのトップニュースとなり、ヤフコメ民のコメントは僅か数時間のうちに一億件を超えていた。




「お互い良い歳の大人なんだから、節度ある付き合いをすればいいじゃない。こういうニュースのたびに思うんだけど、外野がゴタゴタいうのがおかしくない?」




「勇者のことは知ってるけど、魔王って誰?って感じ。勇者美人なのに、こんなおじさんで良いの?って思うけど、やっぱり社会的ステータスの高い『王』に、若い女性は弱いのかしら?」




「当方70歳。私が若いころは、人間と魔族が交際をすれば、親から勘当が当たり前。しかし今は、多様性が尊重され、結婚相手が魔族でも人間でも関係ない。かつて私が諦めた、二つの種族での恋。周囲は決して邪魔をせずに、暖かな気持ちで見守ってはどうでしょうか」




「歳の差エグすぎて引く。魔王はロリコン」




「魔王、これは……っ!」




 テレビジョンを付けた勇者の驚きの声が聞こえる。


 おそらく、今現在テレビのワイドショーでも、同じようにニュースとなっているのだろう。




「しまったな……。パパラッチにやられてしまったな」




 我が答えると、勇者は頷いてから深刻な表情を浮かべる。


 やはり、人類救世の勇者が、魔王である我とこのような報道をされるのには、問題があると考えたのだろう……。




「この後、おそらくは報道関係者に事実関係を受けるだろう。面倒なことになったな」




 我の言葉に、ふむ、と勇者は頷いてから、口を開いた。




「魔王よ……。私に、良い案がある」




「良い案、だと?」




「ああ。今日もこの後、少し付き合ってくれないか?」






☆☆☆






『勇者と魔王から視聴者の皆様へ大切なご報告があります。』




「どもー、みなさんおはこんばんぶるにゃっちょ! 勇者です!」




「どもー、みなさんおはこんばんぶるにゃっちょ! 魔王であるよ!」




「「せーの、勇者と魔王の『ゆまちゃんねる』です! 今日もよろしく('Д')!」」




「と、言うわけで、サムネでバレバレというかすでにネットニュースでバレバレと言いますか」




「僕たち、なんと……二人でお笑いコンビを結成して、M1グランプリ優勝を目指すこととしました!」




「そうなんですよ、私たち二人で、お笑い界に新しい波を……って、なんでやねん! なんでそんなつまらん嘘つくん? そうやないやろ、真面目に言わないとだめでしょ、真面目に!」




「えー、真面目に言いますと。僕と彼女、真剣なお付き合いをしております。今朝から、ニュース騒がしてまして、本当にすみません




「私からも、本当に申し訳ありません。……ただ、本当に、真剣にお付き合いをしていますので。温かく見守っていただけると、とてもうれしいです」




「これからも、このちゃんねるで私たちのことに関係する報告をしていければって思うので、よかったらグッドボタン、チャンネル登録よろしくね!」




「「それじゃ、せーの。またば~い!」」






☆☆☆






「やったな、魔王。先ほどアップしたご報告動画、既に1兆8千5百万回再生されているぞ! 私たちの交際関係で、勝手に注目度が上がっているこのタイミングに動画投稿ができ、最高のスタートとなった」




 勇者が喜びの声を上げた。


 我はうむ、と頷いた。


 再生回数もすごいが、チャンネル登録者数がとんでもない速度で増え続けている。




 今まさに、チャンネル登録者数が前人未踏の30兆人を突破した!


 これは全世界の人口90億人の……えと……何倍なんだろうか? 誰か計算機で計算して教えてほしいが、少なくとも3……いや、1.25倍以上の人数であることは間違いない。




 すでに手元にキノコの盾、タケノコの盾、オリハルコンの盾に加え、この後には誰も成し遂げたことのないミスリルの盾も送ってもらえるようだ。




「それにしても、僅か28分で動画撮影、編集、チャンネル開設、投稿まで済ませるとは……いったいどこでこんな技術を?」




「……秘密が女を女にする、だ」




 妖しく笑う勇者は。


 呆れたものだ、我を打倒するほどの剣技に加え、パソコンの先生でもあるなど、中々できることじゃない。




「それにしても、コメントを見てくれ。多くの人が、祝福の言葉を贈ってくれている。ありがたいことだな」




 そう言って、勇者は我にコメント欄を見せてくる。




『勇者ちゃんが可愛い!これからの動画も楽しみにしてます!』




『魔王が意外とイケメンで驚いた』




『けっこう年の差はありそうだけど、祝福します』




 等々、確かに我らの交際を祝福するコメントが目立った。


 しかし……。




『この魔王って人、なんか道に落ちてる歯磨き粉食べてそうな顔してるな』




『ロリコン魔王』




 全体から見れば数は少ないものの、それでもコメントの内2割ほどは否定的……というか、我に対する明らかな誹謗中傷がコメントされていた。




 それを見た我は……どうしても、素直には喜べなかった。




「……我には、到底理解が出来ぬ」




「どうしたのだ、魔王……?」




 我の言葉に、勇者は不安げに、我を上目づかいに覗き込んできた。




「他者の秘密を嗅ぎまわり、面白おかしくニュースにし、挙句やれロリコンだ足クサそうだ、歯磨き粉食ってそうだと好き勝手に誹謗中傷。それだけじゃない! なんか環境問題がいろいろあるし、政治とか、あと、えと……教育とか! いろんなことが、それぞれなんか大変な問題だから……。つまり、こんな人間が……貴様が命を賭して守りたかった者たちなのか?」




 我は威風堂々とした姿勢で、勇者へ問いかけた。


 勇者は我の言葉を聞き、真剣に考え込んでいるようだった。


 そして、肩を落とし、俯いた勇者は口を開いた。




「……魔王、お前の言うとおりだ。人間は、弱くそして愚かだ。だけど、弱いからこそ、人間は他者の弱さを受け入れ、慈しむことができるのだ。だから私は……人間は、生きて良いのだと思いたい」




 まっすぐに、勇者は我に伝える。


 その言葉は偽善に満ちていた。


 そのことを、勇者は理解しているはずだ。


 ただ、勇者自身、人間のことを信じてみたいのだと、そう思った。




 ……だが、それでも。




「やはり我には、到底理解できそうもないな」




 人間と魔族はやはり、相容れぬものなのか……?




「えー、番組をご覧の皆さん。予定を変更しまして、ニュースをお届けします」 




 我がそう考えていると、つけっぱなしになっているテレビジョンから、緊急ニュースが流れた。




「速報によりますと、先ほどNASA……ではなく、NANJ(なんでも実況Jのこと)がこの後すぐに、超巨大隕石が地球に落下すると発表をいたしました。隕石は直径1兆メートル、衝突するのは3時間後です。この落下により、地球は跡形もなく消し飛ぶと予想されています。安全のため、ご自宅の戸締りを厳重にしてください。……繰り返します、先ほどNANJが……」




「なんだって、隕石が……!?」




 我は今のニュースを聞き、驚いた。


 超巨大隕石が地球におちる、だと?


 我は窓から空を見上げた。


 なんかめっちゃでかい隕石が空を覆っていた……。




「本当に、隕石が落ちるんだ……!」




 勇者も、我とともに空を見上げ、慌てた様子だった。




「……私がなんとかしなくては」




 そう呟いた後、勇者はインスタライブで配信を始めた。




「隕石が墜ちるというニュースを、みんなはもう知っているだろう。不安がる気持ちもわかる。だが、安心してほしい。私が必ず、命を賭してでも……隕石を壊す。だから……決して、早まった行動を起こさずに、お家の戸締りをしっかりしていてほしい」




 ごく短い配信だったが、時の人である勇者の配信の注目度は高く、これまたすぐにネットニュースになって取り上げられた。




 ニュースサイトや掲示板で、勇者の発言に対するコメントを見た。




「できるわけねーだろ」




「たまたま魔王を倒して勘違いしてるよなこいつ」




「自分に酔いしれてる感じがして苦手」




「なんか勇者急に老けた? 前はもっと可愛かった気がするんだけど」




「勇者って典型的な整形顔だよな」




 ……誹謗中傷の嵐だった。




「こいつら……」




 我は怒りのあまり、手にしていたiPhone11PROを握り壊しそうになった。




「勇者よ、こんな自分勝手な人間どもは、今すぐに滅びるべきだ! 貴様が命を賭して隕石を壊す価値はない、そうであろう!?」




 我の言葉に、勇者は……笑った。


 それは、諦観でも、自嘲でもない。




 心からの、慈愛の微笑みだった。




「それでも私は、人を愛しているんだ」




 我はこれほどまでに心揺さぶられたことはなかった。


 慈愛に満ちた勇者のその表情を、我は綺麗だと――そう思った。




「だから、さようなら、魔王。……ほんの一時ばかりだったが、心より、愛していたぞ」




 覚悟を決めた勇者は、そう言ってから我に口づけをした。


 それから、我をおいて部屋を出ていこうとした。




「……待つのだ、勇者よ」




 我の言葉に、足を止める勇者。




「何も言わないでくれ。……覚悟が、揺れる」




「やめはせん。それに、その覚悟は無駄となる。――我が力で、隕石を壊すのだから」




 我の言葉に、勇者は教学を浮かべる。




「魔王よ、いくらお前でも、あの超巨大隕石を壊すとなれば、無事でいられる保証はない。なのに……お前の嫌いな人類のために、命を賭けられるのか!?」




「人類ごときのために、我が命を賭ける訳がないだろう」




 我の言葉に、勇者は振り返り、声を荒げて言う。




「では、どうして――」






「惚れた女のためならば、我はこの命を賭けられる。――それだけのことだ」






 我の言葉に、勇者は呆然とした表情を浮かべた。


 それから、顔を真っ赤に染め、そして――幼き少女のように、涙を流した。




「嫌だ……私は、魔王にも死んでほしくない……っ!」




「我も、勇者に死んでほしくない」




「だったら!」




「だから、案ずるな」




 勇者の言葉を遮り、我は続けて言う。




「勇者よ、既に貴様には言ったはずだ。『この世に争いがある限り、我は不滅。いつの日か……必ず、我は蘇る』と。人間は愚かで、弱い。だから、争いがやむことなど、未来永劫あり得ぬこと。故に、我は必ず蘇るのだ。……少しの間、待っていてはくれないか?」




 我の言葉を聞いた勇者は、涙を流し泣きじゃくる。




「魔王よ、やはりお前は卑怯だ。……そんなこと言われたら、待つしかないじゃん」




 勇者の涙を、我は指先で拭った。


 それから、我は勇者の頭をくしゃりと一撫でした。




「それでは、少しばかり言ってくる。……100日後に、また会おう」




「うん、約束だから。嘘だったら、絶対、死んでも許さない」




 気丈に振る舞う勇者に、我は無言のまま頷いた。


 それから、我はタワマン最上階のこの部屋の窓から飛び降り、着地と同時に足をばねのようにした。


 我史上最も踏ん張りを利かせ衝撃全てを反発力に変え、大きく高くジャンプ。




 そしてちょうど0.27秒後に、大気圏を突破。


 そこからほんの瞬きの後には、宇宙空間へ到着していた。




 目前には、視界を埋め尽くす隕石があった。


 そのスケールに、我は嘆息する。


 これを破壊するには、我といえど困難を極める。




 ――我が究極魔法を使うしかない。


 しかし、究極魔法をこの距離で放てば、我も無事では済まない。




 しかし……


 我は後ろを振り返る。


 そこには青き生命の惑星チキュー・ザ・アースがあった。




 守りたいものなど、なかった。


 絶望と混沌と狂気に塗れた我に、そんなものができるとは、最初から思ってもいなかった。


 ……そう。


 勇者よ、お前と酒を酌み交わすまでは……。




 我は魔力を集中させ、半径1兆メートルの超巨大な魔方陣を展開する。


 そして我は、告げる。




「究極魔法……マジカル☆核☆ミサイルっ!」




 その言葉を引き金に、我の周辺に顕現したのは、無量大数のマジカル☆核☆ミサイル。


 そして、我が手中に、マジカル☆核☆ミサイルのスイッチボタンが現れた。




 このマジカル☆核☆ミサイルのボタンを押すことにより、マジカル☆核☆ミサイルは一斉に射出され、マンガン☆電池は、隕石を粉々に打ち砕くと同時に、マジカル☆核☆ミサイルの爆発の余波に巻き込まれた我は……自らのマジカル☆核☆ミサイルによって、滅ぼされるだろう。




 しかし……それでも良い。


 我には、……守りたい女性ひとがいるのだから。




 ほんの数日の命だったが、此度の我の人生も、悪くはなかった。


 目前の隕石を睨みつけ。 


 僅かに、愛する女性に想いを馳せてから。




 ――我は、マジカル☆核☆ミサイルのボタンを押した。








☆☆☆








 地球に超巨大隕石が落下する。


 そんなニュースが世間を賑わせたことなど、既に忘れ去られたように。


 世界はいつもと何ら変わらずに、滞りなく回っていた。




 私には愛した男がいた。


 そして、このどうしようもない平穏な日々を守ったのは……私の愛した男だった。




 彼はあの日から、一度も私の前に姿を現してはいない。


 隕石を打ち砕いたその後、きっと彼も――。




 粉々に砕け散った隕石。


 その破片は世界中に降り注いだ。


 当然のように、その破片による被害はなかった。


 私にはあの日見た、次々に降り注がれる流星群のごとき隕石の輝きが、魔王の命の煌めきなのだと理解した。 




 愛した男は、そうして死んだ。


 だけど、墓標など作ってたまるか。


 安らかに眠られては困る、すぐに起きてきてよ、魔王……。




 私の願いは、いつ届くのだろうか?


 不安を胸中が占める。


 それでも、……神に祈りはしない。


 魔王にとっても神にとっても、いい迷惑に違いないだろうから。




 ――どれだけの時が流れただろうか?


 それでも、私は彼の帰りを待ち続けている。


 こんな私を、彼はあきれたように笑うだろうか?


 それとも――喜んでくれるだろうか?







ピンポーン




 インターホンが鳴った。


 今日は誰とも約束をしていない。




「お届け物です」




 男の声だった。


 そういえば、ふるさと納税の返礼品のお米が今日届く予定になっていた。


 ロックを解除し、配達員の対応をするために、立ち上がる。


 数分後、今度は部屋の前のインターホンが鳴った。


 私は、すぐに扉を開いた。


 そこにいたのは、配達員の男ではなかった。




 驚いた私は、――その男に向かって、問いかけた。




「お前の部下に聞いた。ごまたまご、好きなんだってな。……用意している。食べるか?」




 ごまたまご。


 私の言葉に、目の前の男は、邪悪に顔を歪めた。




「ああ、いただくとしよう」




 絶望と混沌と狂気と……隠しきれない愛情を孕んだ声で、彼は答えた。




 私はその男の胸に飛び込み、抱き着いた。


 話したいことはたくさんある。


 だけど今は、ただ一言でいい。


 私は、彼に向かって口を開いた。




「おかえりなさい!」

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