第177話 狙いは

 枝が!

 『魔王』の枝が速度と質量を伴ってマクシムたちに襲い掛かってきた!


 マクシムはポケットに入っていた種から樹をとっさに生み出して、『魔王』の枝を防いだ。

 真正面から防ごうとしたらマクシムの枝は折られていただろう。だが、しなやかに衝撃を吸収したので二メルほど目の前で停止した。

 ただし、それは風が届く距離。恐ろしさから目を閉じそうになる。

 ほとんど反射的なものだったので、直線的な初撃を受け止めただけだった。

 ミシミシとこちらに迫る音は変わらずに続いている。


「っ」


 マクシムは浅く息を吐く。

 湧きあがりそうな恐怖心を無理に押さえつけ、次の攻撃に備える。これまで積み重ねてきた経験と状況がマクシムの危機感をあおる。


「マクシムさん……」

「え」

「苦しいのです……」


 マクシムはルチアを守るために抱き寄せていたが、少し強く力をこめていた。

 ルチアは真っ赤になっているが、苦しさよりも照れが理由だろう。

 マクシムは少し腕の力を弱めるが、離すことはない。空いた手で更に四方八方へ植物を生み出しておく。


「ちょっとガマンして。僕の能力、離れない方が強いから」

「…………むしろ、このままで良いのです」

「このままは良くないでしょ」

「いいえ、ここから立ち向かうのです。この場なら反撃可能なのです」


 ルチアは少し照れているようだが、状況を的確に判断していた。

 その切り替えの早さにマクシムは安心する。


「あ」

「え」


 マクシムは次の攻撃に備えるために樹を生み出しておいた。

 正直、ルチアに少し気を取られた瞬間だった。

 『魔王』の枝がマクシムの生み出した樹の隙間から侵入してきた。

 先ほどの苛烈さはなく、ゆっくりとした動きだったため逆に反応が遅れた。

 マクシムはそれでも樹を成長させて、隙間を埋めることでそれ以上の侵入を防ごうとする。

 マクシムの能力で植物の強度を上げても抗し切れないほどの圧力がのしかかる。

 一旦は均衡状態を保てるが、どこまで維持できるか分からなかった。


「まずい。圧がすごい。道をつくる。下がろう」

「後ろはダメです。マクシムさん、自分で言ったです。マクシムさんから離れると植物は弱くなるのです」

「分かってる。分かってるんだけど――」


 マクシムは自分の強みを理解している。

 拠点を作って身を隠し、それで遠隔から物量で圧倒する形なら相当な上位者とも渡り合える。

 だが、それは言い換えるとそれ以外の形では戦えないという意味である。

 直接的な戦闘行為はそもそも、性格的にも能力的にも得意とは言えない。

 『士』少佐昇任試験で得た経験だ。


 そして、現状は『魔王』の枝の方がよほど圧力がある。物量差が桁違いである。

 マクシムは今から自分の植物を生み出さなければならないが、もうこの古代遺跡に根を張り巡らせている状態だ。

 初期状態から勝負にならない。

 ここから逆転する術は――ちょっと思いつかない。


「大丈夫です。マクシムさん、落ち着いて欲しいです。まだ全然悪くないのです」

「や、良くなるイメージがない」

「大丈夫なのです。ルチアを信じて欲しいのです。まずはマクシムさんの能力で植物を可能な限り成長させるのです」


 ルチアはマクシムを安心させるためか、ジッと目を見つめながら諭す。


「結構、全力でやっているんだけど」

「……です?」


 目を見ていたからルチアの目に困惑の色が混じったのにもマクシムは気づけた。

 何か不測の事態が起きている。

 そう思うには十分すぎるほどのわずかな困惑だった。


「ルチアちゃん?」

「マクシムさんなら気合と根性と愛情でこの困難にも打ち勝てるのです!」

「いきなり精神論!?」


 マクシムは焦るべきだったのかもしれないが、自分が頑張らないと、と逆に気が引き締まる。

 あるいはこれもルチアの計算なのかもしれないが、少しだけ震えている手がその考えを感覚的に否定する。


 これは、本当の危機だ。

 ミスは死に直結する。


 ギシギシと『魔王』の枝がマクシムの植物を圧迫している。全方位、隙はなくなっているし、この手が弱まることもないだろう。時間経過して好転する材料もない。

 マクシムは能力を振り絞って対抗する。

 どうにかして退路を確保しつつ、逃げないと。


 マクシムは考えた結果、あえて樹に弱い部分を作り出す。

 それは出口とは反対側だ。

 マクシムの狙い通りにその弱い部分に『魔王』の枝は集中し――マクシムの樹は決壊する。

 全方位からの均等だった圧力が弱い一点に集まったため、逆側に空間が生まれる。


「行こう!」


 それはほとんど賭けみたいなものだった。

 だが、移動しながらの場合、能力が維持できないと判断していた。

 脱出ルートを維持するため、あえて弱い部分を切り捨てる、出口側にだけ注力する作戦だ。

 マクシムはルチアの手を掴みながら走り出そうとして――。


「え」


 手が空を掴む。二度、三度。

 先ほどまですぐ傍にあった体温がなくなっている。


「え」


 マクシムはそこで振り返り、見た。

 ほんの一瞬の差で『魔王』の枝にさらわれるルチアの姿を。

 弱点を作ったは良いが、そちら側から侵入させすぎてしまっていた。

 彼女はほとんど枝で固縛されながらも必死の形相でこちらに手をのばす。目の端に涙が浮いているが、そんな表情今まで一度として見たことがない。

 マクシムも手をのばそうと中途半端な体勢で――ルチアの姿が見えなくなる。

 ルチアは『魔王』の枝の中に完全に取り込まれてしまった。

 どうなるかは分からないが、一刻を争う事態であることは間違いない。


「…………!」


 マクシムは悲鳴にならない声をあげながら、どうにかルチアを取り返そうとするが、『魔王』の枝のあまりの物量に絶望しそうになる。先が見通せないほどの圧。

 絶望など、している時間はないのに――絶望する。


   +++


 『魔王』の枝が暴れ出す直前。

 古代遺跡の外に待機していた戦闘機械生命体のネコ――ギンが顔をあげて、一吠えした。

 何かを悟ったのか、そこに現れているのは戦意。機械であり、表情など変わりもしないのにあった本物の戦意であった。

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