第2話 タダーシ孤児院

「ケンボスじゃないですか! よく来てくれましたね」

「お久しぶりです」

「そちらの子は?」

「新しく預かっていただきたい子です」


 ケンボスと話しているのは、この教会のシスターかな?

 落ち着いた声だけど、いくつだろう?

 野菜屋のおばさんよりは全然若いな。


「ど、どうも」


 言葉が出てこない。


「ここはちょっと噂になっているから、初めての子はだいたい緊張しちゃうわよね」

「ちょっと……ですか。」

「さて、新しい孤児なら任せて。ケンボスも書類書くんでしょ?」

「お言葉に甘えます」


 ケンボスはこちらに向き直り、別れを言ってきた。


「君も更生してがんばって働くと良い。じゃあね」

「働く? え?」


 働くって仕事か?

 やったことねーぞ。


「さぁ、行きましょう」


 シスターに連れられて隣の建物に到着すると、共同スペースらしき場所で、同じ年くらいの子が3人程いた。


「新しい子?」

「そうですよ。仲良くしてあげてね」


 さっきは緊張してたけど、今なら普通に話せる。


「俺はガル。東の方からやってきた。よろしく」


 上手くは無いけど、普通に挨拶できたはずだぞ?

 なのに、全員困惑したような顔をしている。


「ガル君ね。悪いんだけど、ここに来た子は司祭様に新しい名前をいただくの」

「え? 名前変わるの?」

「そうね。でも、孤児院を卒院したら好きな名前を決めて良いわよ」


 どんなルールなんだ?

 あだ名を増やして良いのか?

 そういえば、ゴミ捨てチョキーが「チョキーはコードネームだ」って言い換えてたな。

 俺の新しいコードネームか。

 ちょっと楽しみ。


 それにしても、どいつもこいつもシケた面してるな。

 無表情……、違うな。

 チラ見しただけの2人は無関心。

 話しかけてきた子は……、困惑している?

 やりづらいな。

 スラムの子供はもっと、笑ったり怒ったりしてたからわかりやすかった。




「ケンボスから新しい子が来たって話だけど?」

「司祭様。この子がそうですよ」

「いらっしゃい。私がタダーシだよ。君は何て言われてたの?」


 ニコニコしてて無害そうなオッちゃんだな。

 これが司祭様?


「俺はガル。東の方からやってきた。よろしく……です」

「ガル君かぁ。かっこいい名前だね。でも、ちょっと悪さしてたんだよね? ちょっとね?」

「えと、はい……」

「良い子だ。その名前はちょっと棘があるから、もっと丸い名前にしよう。どうしようか……」


 俺の名前に棘がある?

 何言ってるんだ?

 くみやすそうな男かと思ったけど、ちょっとズレてんのか?

 それとも俺がおかしいのか?

 旅で疲れて頭が働いてないのかもしれない。


「うーん。パ行が良いな。ぱ、違うな。ぴぷぺ……。ペチョス! 君の名前は今日からペチョスだ」


 聞き慣れない名前だし、なんか間の抜けたような語感がする。

 なんて思ってたら、周りがキラキ光ってきた。


「うおぉぉぉぉ!? なんだこの光! しかもどんどん強くなってる」

「うんうん。神様も祝福してくれてるよ」

「こ、これが神様の祝福! ん?」


 周りの奴らも笑って喜んでるのか?

 いや、この笑みはネチっこい感じが……。


「あ! もうこんな時間か。出かけないと」

「でしたら、お見送りをしましょう。さぁ、みんなも」


 笑いが一瞬で消えた。

 というか一人震えてるぞ。




 教会の入り口で見送りする時、司祭様が奇妙なことを言い出した。


「アールゴの首都は、ここからだと1日くらいだっけ」


 何を言ってるんだ?

 速くない馬車だったけど、辺境都市まで1週間かかったぞ。

 シスターたちも子供たちも何も言わないし、教えてあげようか。

 一歩前に出ようとしたら、シスターに遮られた。


「今近づいたら危険ですよ」

「え?」


 トスントスンと小気味良い靴の音が聞こえたかと思えば、司祭様が飛び跳ねている。


「この、感じ、だったよな」


 右手で握ってるのは石?


「じゃあ、やるか。うらららららららー」


 ガスっガス。

 俺には跳ねながら、石で頭を殴ってるようにしかみえない。


「えええええええ!? と、止めた方が!」

「あれは大事なことなのです。良く見ていなさい」


 いや、どう見てもヤバいだろ!


「がああああああああ!」


 飛び散る血は何度も見たが、この光景は忘れられないと思う。

 怖い。


「いてぇ! でも、そろそろか!」


 一番力強く跳んだかと思えば、教会の天辺よりも高く昇る。


「す、すごい」


 すぐ後に空で何かが弾けた。

 ボンっ。


「え?」

「あ、失敗みたいですね」


 ボトボトボトっと生暖かい物体が落ちてきて、太い紐みたいのが肩に引っかかる。

 ちょっと気持ち悪いなと思っていたら、転がった白い球体と目があった。


「ぎゃああああああああああ!」

「うわぁぁぁぁ!」


 たぶんどっちかは俺の声だったと思う。

 自分の声くらいわかるだろと思うかもしれないけど、覚えてないんだ。

 隣で何かが倒れる音がした気がする。

 気づいたら、ベッドに寝かされてた。


「どこ?」

「宿舎ですよ。ペチョスは早めに起きましたね」


 隣では挨拶してきた子もこっちを見ている。


「わたしは、モチョコ。洗礼お疲れ様」

「洗礼?」

「そう。名前貰って、神父様の、司祭様の御業みわざを見ること」


 御業?

 いや、今思い出したらダメな気がする。


「さぁ、そろそろ晩御飯ですよ。食堂へ行きましょう」


 食堂と言っても、扉入ってすぐの共同スペースじゃないか。


「腹も減ったし、楽しみだな」

「さぁ、みなさん席についてください!」


 今までいなかった2人の子も、いつの間にか椅子に座っている。


「モチョコは良いわね。そっちの背の高い子はノッポン。こっちのメガネの子はフラッスンよ。細かい話は明日にしましょう」


「「「神のお恵みをありがとうございます」」」


 小さくちぎったパンを額に一度つけてから食べる。

 この国なら誰しもが知っている食前の感謝の儀。

 それを飲み込まず、器に食べ物を乗せていく。

 ほとんどの奴は飲み込んで、すぐに話し出すんだけど、シスターに習って静かにする。

 カチャカチャと盛り付けられ、最年長者が口をつけたら食べ始めるんだ。


「今日のシチューもおいしいわね。さぁどうぞ」


「フラッスン! 鶏肉だぞ!」

「見ればわかるよ」


 今まで静かだったのに元気な2人。

 あいつらあんなに話す奴なのか。

 モチョコは静かに、ちょびちょびと口をつけている。


「モチョコ! シチュー食わないのか?」

「うん。今日はやめておく。ノッポンどうぞ」

「やったぜ!」


 少食なのか?

 俺も食べよう。


 パンも出店に出てくるような砂の入ってない上質なものだ!

 野菜も新鮮でおいしい。

 なかなか良い場所に連れてこられたかもしれない。

 スラムのみんな、一人良い思いをしてごめんな。


 さぁ、シチューだ。

 ひと救いして、口に入れると甘みが広がっておいしい。

 でも、なぜか手が動かしづらいな。

 鶏肉だってさ、なかなか肉なんて食えなかったから嬉しい。

 動け!

 肉を食いたいんだ。

 それで良い。

 歯が噛み切る感触は久しぶりでうまい。


「ゔおぇぇぇぇぇ」

「やっぱりか。僕は雑巾持ってくるから、ノッポンは水を」

「おう」


 お腹が脈打ってるみたいに動く。

 なんか、口が酸っぱい。


「シスター・メルゼル。残ってたリンゴを後で渡してあげてくれる?」

「わかりました」


 なんで戻しちゃったんだろう?

 スラム生活で、なんでも食えるようになったはずなんだけどな。


「ペチョス君。しばらくお肉やめた方がいいよ」

「な、なんで?」

「なんでって、御業を見たあとは……うっぷ」


 忘れてたのを、思い出してきた。いや、思い出したく無かっただけか。

 地面に見える鶏肉が恨めしい。

 あんな酷い状態の人は見たこと無い。

 それを気にせず見ていられるシスターや子供たち。

 今更ながら、この異常な人々が恐ろしくなってきた。


 やっぱり噂通り、俺は地獄門をくぐってしまったようだ。

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