乙/戦友の死を乗り越える!
『001_乙/戦友の死を乗り越える!
/2040/12/03
/DFW/平原/荒ぶる平原
/スケット 小田一二四中尉』
俺は、手を伸ばした先すら見えない豪雨の中を駆けていた。
激しい雨の冷たささえ過剰な運動に加熱した筋肉を冷ましてくれると考えるしかない状況。
俺は、ようやく目的の場所に着いた。
数少ない雨が避けられる場所。
装備の保全の為に準備されたプレハブ倉庫に駆け込み、俺は、背中に担いだそいつを降ろす。
「トクヒデ!」
俺の叫びの答えるようにトクヒデは、床に一枚のシートを広げた。
「そこに寝かせろ!」
そう言いながら箱を何度も起動させていくつもの道具を取り出す。
仮設倉庫を照らす暗い照明の下、俺は、それを確認する。
俺が運んできた男、マイケル=ミドルの大穴が空いた腹を。
これを見た殆どの人間が手遅れだと思うだろう。
だが、俺もトクヒデも諦めていない。
諦めたくなかった。
トクヒデは、加工した萌草を腹に押し込み、高価な薬水を惜しげもなく注ぐ。
その上から妖獣の素材で印を刻み呪文を唱える。
『康未薬草水式治詠癒変』
尉官では、数える程しか使えない、その場での萌草と薬液合成を踏まえた印と呪文での欠損回復魔法。
俺自身、これで九死に一生を得た経験がある。
まだ可能性がある筈なのだ。
俺は、祈ろうとしてから悩んだ。
誰に祈ればいいのかと。
大ポカしたこの世界の神?
それともそんな神を統べるって言われている神?
どっちにも祈る気には、ならないと考えていると、ミドルが血を吐いた。
少なくとも動いたのだ。
間に合った俺は、そう思った。
しかし、トクヒデの眉間皺は、緩まない。
そんな中、ミドルが口を開いた。
「……悪いな、無駄遣いさせちまったな」
「しゃべるな! 今は、少しでも回復に専念しろ!」
怒鳴る俺に対してミドルは、淡々と語る。
「お前がやられた時に言ってただろう、どんなに体を回復させても気を巡らせなければ無駄になる。俺は、最後の一撃に頭の先から足の先まで全部の気を使っちまったのさ」
「床に広げた印は、周囲の気をお前の体に集める『康辰式陣気集敷物』だ。それで最低限の気を補える筈だ」
トクヒデの説明にミドルが乾いた笑いを漏らす。
「ヘタな言い訳は、止めておけよ。自分の気じゃないと治療の効果は、極端に落ちるんだろ? まあ、その最低限の気の御蔭でこうやって話せるんだろがな」
「だから黙れ! 使っている萌草も薬水も出鱈目に高いんだ。後で支払させられた俺の顔を忘れたのか!」
「覚えてるさ。あの顔は、傑作だったな……」
ミドルがそういった後、沈黙の時間が流れる。
それは、刹那とも久遠とも思えたその時間を終わらせるようにミドルが尋ねてきた。
「俺の最後の一撃は、災獣(サイジュウ)にダメージを与えたか?」
「大ダメージだ。あれだけできっと何十人って人間が救われただろうぜ」
俺の言葉にトクヒデも続く。
「それまで傷つけられなかった鱗が剥がれた。あそこを中心に攻めればあの災獣も滅ぼされる事だろう」
「……そうか。だったら良いか。俺みたいな家族を亡くす奴を減らせたんだったら死んでも後悔無いぜ」
ミドルの言葉に俺は、叫ぶ。
「諦めるな! まだまだ塵獣(ジンジュウ)は、出てくるんだ。残らず狩ってやるって大口叩いてたのは、だれだ!」
「俺は、ここまでだ。後は、任せた……」
ミドルは、俺達に託すと共に吐血する。
「本当に俺達の世界は、どっちもゴミ箱でゴミだらけだったぜ」
その言葉を最後にミドルの体から力が抜けていった。
何も言えずにいる俺にトクヒデが告げる。
「最後の最後でお前の階級を越すって宣言は、達成したぞ」
ミドルの付けた猫尻尾は、少尉を示す青の一本線から大尉を示す三本線に変っていた。
「レイド参加での戦死は、即時二階級特進かよ! そんなふざけた方法で越したなんて俺は、認めねえぞ!」
俺は、腰に下げた一本の剣を抜いた。
『康亥組式魔帯物変剣』、両親の遺産の大半を使って作った俺の切り札。
「トクヒデ、限界まで炎の魔法を籠めてくれ」
「この雨の中では、十分な効果は、与えられないぞ」
トクヒデの指摘に俺は、ミドルを見る。
「ミドルが開けた場所から体内に打ち込み、燃やす。内部で燃えちまえば雨なんて関係ねえ」
「ミドルに続くつもりか?」
トクヒデの問い掛けに俺は、首を横に振った。
「俺は、死なねえ。生きて成果を上げ、大尉になってミドルを後悔させてやる」
「解った……」
トクヒデの炎魔法を籠めた剣を俺は、遠く離れていても見上げる巨体の災獣、中国の伝承に出てくるような龍の姿をし、いまこの瞬間もPCWで大雨を降らして多くの命を奪ってる奴に向ける。
「これでお前に引導を渡してやるよ!」
災獣に向かって駆けだした。
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