第53話 やはりデニムは馬鹿だった

「デニム様、明後日のお見合い相手はどちらに住んでらっしゃるのですか?」


「あ、ああ。隣の町『シャックル』に住む伯爵令嬢らしいのだ」


「『シャックル』ですか…」


あの町ならここから馬車で2時間もあれば到着するはずだ。よし…。私に素晴らしいアイデアが閃いた。


「あの、それではブレンダ様の住所を教えて頂けますか?」


「え、な・何故だ?」


「そんなのは決まっています。私が明日、ブレンダ様のお宅へお話をして参りますので」


「な、何だって…?メイ。お前、本気で言ってるのか?」


「ええ、本気も本気です」


「し、しかし…一介のメイドが会いに行っても取り合ってくれないのではないか?」


珍しくデニムは弱気になっている。


「それは多分大丈夫でしょう。私にはコネクションがあるので」


ええ、それも最強のね…!


「コネクション?一体どんなコネクションなのだ?」


「はい、実は『シャックル』のマーチン家と聞かされて思い出したのです。あのお屋敷にはメイド協会に所属する私の同期がいるのです。しかもメイド長をしているんですよ。私の名前を出して彼女に会いに来ましたと言えば中に入れるはずです。そこで何とかブレンダ様にお会いして、交渉してまいります」


私は口からでまかせをペラペラと言う。それにしても不思議だ。相手がクズデニムだと思うと罪悪感もなしに平気で嘘をつけるのだから。


「な、何だって…!ほ、本当に…本当に俺の為にそこまでしてくれるのかっ?!」


「ええ、勿論です」


ただし、あんたのためじゃなくて、私の為だけどね!


「では、ブレンダ様の住所を教えて頂けますか?」


「あ、ああ。分かった」


デニムは突如立ち上がると書斎机に向かう。全く…仕事の『し』の字もしたことが無いくせに、何故あのように立派な書斎机があるのだろう?まさに宝の持ち腐れだ。

見ていると、デニムは引き出しから何枚かの書類を持ってきた。


「これがブレンダの身上書全てだ。俺は持っていたくもないから全てメイ、お前に預ける。いいな?」


おおっ!こんな重要書類を私に預けるとは…やはりこの男…大馬鹿だったっ!思わず間抜け男の失態で事が有利に進んでいるので歓喜のあまり、顔に笑みが浮かんでしまう。するとデニムの視線を感じ、顔を上げると何とこの男、許可も得ずに私の顔をガン見しているではないか!しかも何故か頬を染めている。


「あの…何でしょうか?デニム様」


露骨に嫌そうな目で馬鹿デニムを見る。


「あ、い・いや…お前の笑った顔、初めて見ると思ってな」


「左様でございますか?」


相変わらず赤く頬を染めて私を見るデニム。嫌悪感しか感じない男に頬を染めて見つめられる事程嫌なものは無い…この時、私は初めてそれを悟った。

阿保デニムの悩みも聞いたし、重要書類も手に入れた。もはやこの男に用が無くなったので私は言った。


「それではデニム様、私はこれで今夜は失礼致します」


「ええっ!もう行ってしまうのかっ?!もう少し…そ、その…話をしないかっ?!」


何故か引き留めようとするデニム。しかし…。


「何を言っておられるのですか?デニム様。時計を良くご覧になって下さい」


デニムの部屋の壁掛け時計を指さした。時刻はもうすでに0時を回っている。


「何だ?まだこんな時間じゃないか?俺は大体いつも寝るのは深夜の2時だぞ?」


「はあ?!一体そんな時間まで何されてるんですかっ?!」


「よくぞ聞いてくれた。実は最近放送が始まったばかりのラジオにはまっているのだ。深夜帯の時間の番組は俺が好きなカジノの話しなんだ!」


目の色を輝かせるデニム。しかし…この男、性根から腐りきっている!どうでもよい真夜中のラジオ放送を聞き、夜更かしをして朝は寝坊助…こんな男が次期当主では絶対にこの家は潰れるに決まっている!


「デニム様…早寝早起きは基本中の基本です。そんな一般常識もご存じないのですか?とにかく私は業務時間外なのでこれで失礼します」


そして椅子から立ち上がった。


「おい、待て。俺はまだ話が…」


「し・つ・れ・い・します!」


言いかけるデニムの口を無理矢理封じるように大声で言うと、馬鹿デニムが渡してきた重要書類を掴む。

そして無言で部屋から出て行ってやった。


「全く…阿保デニムのせいで私の寝る時間がすっかり遅くなってしまったじゃないの…!」


怒り心頭のまま、私は自分の部屋へ向かった―。









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