第48話 荒れるディナー
フレディが食事を並べる傍ら、私はデニムの前に引き出しにしまわれていたサラダを置いた。シェフはデニムが生野菜を食べないのは知っているが、一応栄養バランスを考えて毎回サラダを用意しているのだった。よし、これを出してやることにしよう。ついでにドレッシングが入った容器には傍らにあった様々な調味料からタバスコをチョイスし、ふりかけてさっと混ぜる。途端にフレンチドレッシングがまるでオレンジ色のサウザンアイランドドレッシング風になった。しかし、サラダを食べたことのない我儘デニムにばれるはずはないだろう。
「デニム様、どうぞこちらお召し上がり下さい」
デニムの前にグリーンサラダとタバスコドレッシングを置いてやった。
「お、おい。お前…」
デニムは目の前に置かれたサラダにあからさまに不満げな目でこちらを見た。
「はい、何でしょうか?」
「俺が野菜を食べないのは知っているだろう?」
「ええ、存じております。ですが、これは私が厨房で用意したものでございます」
「な、何?メイ。お前が用意したのだな?」
デニムは何故か目を見開いて私を見る。
「はい、さようでございますが?」
するとそれまでフレディと会話をしていたはずの義母から声がかかった。
「おや?メイド!何をしているの?デニムはサラダを食べないのよ?さっさと下げなさい!」
「はい…かしこまりした」
義母は鋭い声で言う。チッ…全く邪魔な義母だ。私は返事をするとデニムの前に置いたサラダとドレッシングを下げようとした時―。
「おい、待て!」
突如デニムの腕が伸びてきて私の右腕をムンズと掴んだ。はあ?!何勝手に人の腕を掴んでるのよ!
「デニム様?いかがされましたか?」
いきなり腕を掴まれてイラッときたが、それをおくびにも出さずに作り笑いをする。
「食べる、食べるぞ!お前が用意したと言うなら喜んで食べてやろう!」
デニムは私の腕を掴んだまま言う。
「「「は?」」」
私とフレディ、義母の声が同時にハモる。
「デニム…お前、本気で言ってるのかい?あれほど野菜は嫌いだったじゃないの。ましてや火の通さないサラダは大嫌いでしょう?」
まるで子供に話しているような内容だ。馬鹿馬鹿しくて聞いているのもアホらしい。
「いいんだ、メイが俺の為にわざわざ自分で用意したサラダと言うなら、食してやる!さあ、その手を離せ」
デニムは私の腕を握りしめたまま言う。いや、むしろその手を離してもらいたいのは私の方なのですけど?
「あの…デニム様。その手を離して頂けますか?サラダをテーブルの上に置けませんので」
「あ?ああ、すまなかったな」
パッとデニムが手を離したので私はサラダを再度デニムの前に置いた。
「ではデニム様。ドレッシングはこちらをお使い下さい。こちらも私が作ったドレッシングです」
そう、デニムの為に即席で用意した『特製タバスコドレッシング』をね!
「そうか、これをかければいいんだな?」
何も知らないデニムは『特製タバスコドレッシング』をサラダの上にダバダバと全部かけてしまった。
「では早速食べよう」
デニムは私やフレディ、そして義母が見守る中でフォークでドレッシングがたっぷりかかったレタスをすくって口に入れた。その途端…。
「うぎゃーっ!!か、か、辛いっ!!」
デニムは顔を真っ赤にさせて、ヒイヒイと喘ぎながら言う。
「デ、デニムッ?!」
「デニム様!」
「きゃあっ!デニム様!」
私もわざとらしく演技する。
「み、水!水をくれ!」
「はい!どうぞ!」
私の手渡したグラスをグイッと飲んだデニムは激しくむせた。
「ゲホッ!ゲホッ!!な、何だこれは!さ、酒じゃないかっ!」
目に涙を浮かべながらむせこむデニム。
「きゃあ!申し訳ございません!こちらはキルシュヴァッサーで食後酒でした!」
わざと間違えたふりをして水と無色透明のキルシュヴァッサーを渡してやったのだ。
「このグズメイドめ!クビにしてやるわよ!」
使用人たちに給料を支払いもしていない馬鹿義母が立ち上がると私を指差した。するとそれを止めるデニム。
「だ、駄目だ!母上…メイは…クビにさせない!だ、だが…もう今夜は食欲が失せてしまった…俺は部屋に戻ることにする」
そして立ち上がると、ふらふらとダイニングルームを去っていく。
「お待ち!デニム!私も行くわ。もうこのメイドのせいで食欲が無くなってしまったわよ!」
義母もガタンと席を立つと、私のことを物凄い形相で睨みつけると言った。
「覚えておいで!」
しかし、知らんぷりして無視してやった。何故なら私がメイドのメイに扮装するのは今夜が最後なのだから。
「んまああっ!な、なんて生意気なメイドなんでしょう!」
義母は顔を真っ赤にさせながらデニムの後を追ってダイニングルームを出ていった。
そして私と2人きりになるとフレディが心配そうな顔を私に向けた。
「あの…奥様、大丈夫なのでしょうか…?」
「何が?」
「奥様をあんなに怒らせてしまって…」
「べっつに〜。ねえ、それより食事がもったいないわ。あの2人、料理に手を付けないまま帰っちゃったから…2人で食べましょう。シェフ特製ディナーなんだから」
言いながら私は席に座ると早速料理に手を伸ばした。
「そうですね!」
フレディも開き直ったのか義母が座っていた席に座る。
そして私達は義母とデニムのお子様メニューを美味しく頂いた―。
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