第7話 ゾクゾクする瞬間

 コツコツ…


 足音を立てながらワゴンを押してバラ園へと続くサンルームに向かって歩いていると、私の正面から義父と義母がこちらへ向かって歩いてくるのが目に入った。あの方向にはサンルームしか無い。と言う事は2人はデニムの見合いについ先程まで付き添っていたのだろう。そしてさながら、後は若い2人で…という具合にデニムと見合い相手を残して出てきたのだろう。…多分だけど。何しろ私の場合は初めて互いの顔合わせをしたのが結婚式の日だったのだから、今どきの政略結婚でも結婚するまで互いの顔が分からないとは随分と無茶ぶりの結婚だったと今更ながら思う。


そんな事を考えているうちに、どんどん私と義父義母の距離が近づいてくる。大丈夫、私の変装は完璧だ。絶対あの2人に私がフェリシアだとバレるはずは無いだろう。第一私達はコネリー家の人々と殆ど隔離された状態で2年もの間過ごして来たのだから。それでも私は夫であるデニムの調査は怠らなかった。彼の趣味や嗜好を知り、いつかは良い妻になれるようにと色々努力を重ねてきたのだ。


 そしていよいよ2人が眼前に迫り、私はペコリと頭を下げてそのまま通り過ぎようとした時…


「そこのメイド、お待ちなさい」


突然義母に呼び止められた。ま、まさか…私だとバレた?!一瞬背中を嫌な汗が流れたが、それは全くの稀有だった。


「お茶の中身は何かしら?」


「はい、お茶はデニム様のお好きなアップルティーでございます。甘いのがお好きなのでデニム様のカップには予め角砂糖3個を仕込ませて頂いております。」


私はスラスラと答えた。


「そう、それじゃお茶菓子は何にしたの?」


「はい、デニム様のお好きなはちみつシフォンケーキでございます。ふわふわの食感を出すために卵を多めに使用しております」


事前シェフから仕入れて置いた情報を頭に叩き込んでおいたので、スラスラと迷うことなく答える。それにしても…角砂糖3個の紅茶にはちみつのシフォンケーキだなんて…考えただけで胸焼けしそうだ。


「そう、それなら完璧ね。では行きましょう、貴方」


「ああ。」


先程からずっと無言だった婿養子の義父はこの時になってようやく一言、言葉を発すると、再び歩き出した義母の後を黙ってついていく。

元はこの屋敷の執事だった義父は婿養子としてコネリー家に入ってきた。それ故に

義母に全く頭が上がらない。


「…」


少しの間、去っていく2人の後ろ姿を見届けていたが、その時私の頭にある考えが閃いた。そうだ…義父ならばこちら側に引き込める可能性があるかもしれない。

私1人では今立てている計画が下手をすれば頓挫してしまう可能性もあるが、義父をこちら側に引き込むことが出来ればうまくいくかもしれない。でも今は…


「早くデニムにお茶菓子を届けないと何を言われるか分からないわ!」


私は急いでサンルームへと向かった―。




****


サンルームの部屋の扉の前にやってくると私は深呼吸して扉をノックした。


コンコン


「誰だ?」


中からデニムの声が聞こえ、私の体は気分高揚し、ゾクゾクした。何故気分が高揚したかというと…私はこれからお見合い相手の前でデニムにある嫌がらせをして、あわよくば恥をかかせようと考えていたからだ。

私は呼吸を整えると言った。


「お茶菓子をお持ちしました」


「そうか、入ってくれ」


「はい」


そして私は扉を開けた―。






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