第3話 前夜

「フェリシアよ…いつ、コネリー家へ出発するのだい?」


自室に戻った私を父が追いかけて来て、トランクケースに荷物を入れている私の傍で尋ねてきた。


「明日には出発するつもりよ。それより、ねえ見てお父さん」


私は長い黒髪のウィッグを頭にかぶせて度の入っていない眼鏡をかけてみた。


「ど、どうしたんだい?そのウィッグと眼鏡は」


「これはね、いざという時の為に変装用として用意しておいたのよ。どう?お父さんの目から見て、私だって分かる?」


「いや、全然分からないな。とても良く似合っているよ…ってそんな事言ってる場合じゃないだろう?どうしてこんなものを持っているんだい?」


「それはね、ずっとデニムの浮気を疑っていたのよ。だからいざというときは変装して後をつけようと思っていたのだけど、別の使い道が出来たわ」


「何だい?別の使い道というのは?」


父が首を傾げて尋ねてくる。


「フフフ…それはね‥‥」


私は父に自分の計画の一部を説明した―。



****


 その日の夜―


「お姉さん!離婚届を郵送されてきたって本当なのですかっ?!」


マリーの部屋で赤ちゃんを抱っこさせてもらっていると、仕事から帰宅してきたトマスがやってきた。


「あら、お帰りさない、トマス。ええ、そうなのよ。まさかデニムがこんな手に打って出るとは思わなかったわ」


私はマリーに赤ちゃんを渡すと義理の弟のトマスに挨拶した。


「何をのんきな事を言ってるんですか!このままおとなしく離婚届にサインするつもりじゃないでしょうね?」


トマスの言葉にマリーが反応した。


「何言ってるのトマス。あんなどうしようもない家柄とは離婚した方がいいのよ。離婚届にサインして、剃刀の刃を入れてさっさと郵送するべきなのよ」


「そんなの駄目だよ!俺は伯爵家の後ろ盾で仕事を貰って商売をしているんだから…お義姉さんに離婚されたら商売が…」


「トマスッ!貴方お姉ちゃんの幸せよりも自分の利益を追求するつもり?!」


すると…


「フエエエエ‥‥」


マリーが抱っこしている甥っ子が泣き始めてしまった。


「ちょっと!ストップ!私の為に夫婦喧嘩勃発は駄目よ?!」


「「はい…」」


シュンとなる2人。


「大丈夫、2人とも安心して。何とか方法を考えてみるから。とりあえず明日の朝にはコネリー家へ向かって出発するわ」


「お姉ちゃん…大丈夫なの?」


マリーが我が子をあやしながら心配そうに声を掛けてきた。


「そうですよ…1人で敵地に乗り込んで平気ですか?」


トーマスの言葉に私は言った。


「何言ってるの?コネリー家は敵地じゃないわ。私の家だもの。それに敵はね、あの屋敷には3人だけよ?残り全員は皆味方なんだから」


そう、私は万一の為に入念に下準備をしてきたのだ。


「さてと‥‥私はそろそろおいとまするわ。それじゃあね」


私は2人に手を振ると夫婦の部屋を後にした。後はお母さんに挨拶をして…明日の為に寝ることにしよう。



****


コンコン


母の部屋のドアをノックした。


「誰かしら?」


「私、フェリシアよ」


「お入りさない」


ガチャ…


扉を開けると、そこは母の書斎だった。茶色の髪を高く結い上げた母は書類に目を通していたが、私が入ってくると顔を上げた。


「フェリシア…困ったことになったわね」


母はため息をつきながら眼鏡を外した。


「あなたたち夫婦がいつまでたっても『白い結婚』状態だという事を聞かされてから、いつかこんな日が来るんじゃないかと思って気が気でなかったけれども…」


眉間を指でつまみ、深いため息をつく母に私は言った。


「お母さん、あの手紙は全部でっち上げよ?」


「そんな事分かってるわ。お前が夫婦関係で悩んでいる手紙は毎週貰っていたから」


「あの手紙…全部とってあるわよね?」


「ええ、勿論。貴女に言われていたからね」


「あとで大事な証拠になるから絶対捨てないでおいてね?」


私は母に念を押した。


「ええ、分かったわ。」


「それじゃ、おやすみなさい」


頭を下げて出て行こうとする私を母は呼び止めた。


「フェリシア…何か手伝えることはある?」


私は少しだけ考えると言った。


「明日の朝、古くて安物っぽい馬車を1台用意しておいて?」


「え?」


首を傾げる母にそれだけ伝えると、私は母の書斎を後にした―。




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