浮かぶ顔
@aikawa_kennosuke
浮かぶ顔
この間、同じ大学の学生で4対4の合コンをしたんです。
男性陣は全員同じサークルに所属していて、僕もそのサークル仲間から誘われたんです。
女性陣は他のサークルの子たちで、そのうちの一人が男性陣の一人と知り合いで、合コンをセッティングしてくれたそうです。
合コンなんて生まれてこの方初めてのことだったので緊張しましたが、お酒が入ると徐々に打ち解け、楽しむことができました。
ただ、少し突拍子もないことが起こったんですね。
女性側4人のうち、3人は活発そうでよく笑う子でしたが、残りの1人は地味というか、大人しそうな雰囲気の子でした。
その子はあまり話さず笑わず、ただしっとりとお酒を飲んでいました。
他の3人もその子が浮いていることを察して、積極的に話を回し始めたんです。
その中でこんなことがありました。
「真美、あれやってよ。スプーン曲げ。」
その大人しい子は真美といったのですが、他の子に促されて、全員の前でスプーン曲げを披露することになったんです。
曰く、真美には霊的な力があり、その力を使ってスプーンを曲げられるようになったとのことです。
店にあったのは大き目なスプーンで、男手でもなかなか曲げられそうにないものでした。
しかし、真美はスプーンの中心を持って、片手で先端をつまむと、ゆっくりと曲げて見せました。
全員、「おお~!」と驚嘆の声をあげていましたが、僕は内心懐疑的でした。
スプーン曲げは、てこの原理を最大限利用した際に起こせる現象で、物理学で説明できることを知っていたからです。
彼女には霊的な力があるとは、到底思えませんでした。
少なくとも男性陣は全員そう思いながらその場のノリで付き合っていたんじゃないでしょうか。
注目を浴びた真美は、占いや霊視ができるということも他の子から明かされ、その場の全員の霊視を真美が行っていく、という流れになりました。
霊視といっても、その人にとりついている霊や守護霊等を言い当てていくというものでした。
当然自分の守護霊等の真偽を確かめる方法が僕たちにはないので、真美の独壇場でした。
真美は淡々と全員の霊視を行っていきましたが、僕の番になると少し考えこんでいました。
そして、こう言ったんです。
「あなたの顔のすぐ横に、もう一つ、人の顔が浮かんでいます。」
それを聞いて、全員一瞬固まりましたが、すぐ笑いの空気に変わりました。
「お前、幽霊にとりつかれてるのかよ。」
と他の男性陣に笑いながらいじられながら、僕は驚いたふりをして、対処法を聞きました。
しかし、
「もうどうしようもないと思う。」
と言われただけでした。
もう手遅れだと、雑に言われたように感じて、少し憤りを覚えましたが、皆の空気に合わせてヘラヘラ笑ってその場を濁しました。
2次会はカラオケに行きました。
しかし、男性陣と女性陣の音楽の趣味が微妙に合わなかったのか、期待したような盛り上がりはありませんでした。
とはいえ、相当な量のお酒を飲んでいましたから、その日は帰ってすぐに泥のように眠ってしまいました。
異変があったのは、その翌朝のことでした。
ベットの上で、うつ伏せで目を覚ましました。
しかし、体を動かせないんです。
意識はありますが、強いまどろみの中にいるような、明瞭さを欠いたものでした。
飲みすぎたのかな、と思いながら意識がはっきりするのを待ちました。
視覚は働いていましたが、首を回したり体を起こすことはできず、ただただ右手の甲を見つめることしかできませんでした。
その時、違和感を覚えました。
右手の指が何本も多く見えるんです。
意識は朦朧としていましたから、はっきり見えてないだけだろうと思いました。
しかし、視覚がはっきりし始めても、その多すぎる指は消えません。
そして、自分の指が増えたのではない、ということが分かってきました。
右手の甲の上に重ねるように、もう一つの手が置かれていたんです。
僕の左手が重なっているわけではなく、誰か、もう一人の右手が重ねられていたんです。
自分の体の上に、もう一人誰かの体が重ねられているのを想像しました。
だから、体が動かせないんだと思って、必死に体を動かそうとしました。
思い通りに動かせない腕に懸命に力を入れて、なんとか体を起こすことができました。
そして、ベッドから部屋の隅の姿見に映った自分の姿を見ました。
焦点の定まらない中、ぼんやりと見えました。
自分の顔のすぐ横、左側に、もう一つ顔があったんです。
「あなたの顔のすぐ横に、もう一つ、人の顔が浮かんでいます。」
という真美の言葉を思い出しました。
そのもう一つの顔をよく見ようとするのですが、意識を保てないほど強いまどろみが襲ってきました。
そして、ベッドに沈むようにして意識を失いました。
その日を境に、自分の顔のすぐ隣に、もう一つの顔が浮かんでいるのを見るようになりました。
しかも、見る時間帯は決まって朝方、金縛りのような体の不自由さと朦朧とした意識の中、ベッドから起き上がり、鏡を見た時でした。
そして決まって、その顔をはっきりとは見ることができず、そのまま意識を失ってしまうのです。
これが続くのはあきらかにおかしいと思ったのと、起こるようになったきっかけも分かっていたので、僕は真美にコンタクトをとることにしました。
喫茶店で約1か月ぶりに真美に会いました。
初対面の時と比較して、真美は少しだけやつれているように見えました。
僕は単刀直入に聞きました。
自分は一体どうなっているのか、これから何をすればいいのか。
真美は第一声、
「ごめんなさい。」
と言いました。
「その顔の霊は、あなたの体や精神と強く結びついていて、対処法は私にも分かりません。以前あった時よりも、より強くつながっていて、どうしたらいいか…。」
それを聞いて、だからあの時「もうどうしようもないと思う」と言ったのか、と少し腑に落ちましたが、それだけだと恐怖も不安も何も解消されていませんから、僕は真美に食い下がりました。
どんなことでもいいから、あの顔から逃れるためにできることを教えてほしい、と。
真美は、また少し考えて、
「じゃあ、言わないでおこうと思ったけど、言いますね。」
と前置きして言いました。
「その、もう一つの顔っていうのは、あなた自身の顔なんですよ。
要するに、あなたの顔の横には、もう一つ、同じあなたの顔が浮かんでいるんです。
私も初めて見ましたよ。こんなのは。
多分、自分自身の生霊が、自身の体と精神にとりついている状態なんだと思います。
霊がとりつくのは、基本的に他人の体や精神です。
他人の体ですから、霊とのつながりも強固にならないため、お祓いをして霊を引きはがすことができるんです。
しかし、自分自身の霊が自分にとりつくとなると、そのつながりも強くなりますから、引きはがすのは難しいでしょう。だってそもそも自分自身なんですから。
けど、安心してください。
お祓いは難しいかもしれませんが、そこまで悪い影響はないかもしれません。
今は、生霊があなた自身と深く同調するために、変なものが見えることもあるかもしれませんが、それが進んで行くと次第に見えなくなっていくと思います。
とりつくと言っても自分自身ですから、その後はそんなに影響はないと思いますよ。」
それを聞いてほっとしました。
自分自身の生霊というのも気持ちが良いものではありませんが、得体の知れないものの正体が知れたのと、今後は害がなさそうだという見立てを聞けただけでも安心しました。
それから少しすると、真美の言っていたとおり、朝方の奇妙な体験をすることがなくなりました。
その代わり、別の変化が起こるようになりました。
些細なことですが、まず、睡眠をとってもなかなか疲れがとれなくなりました。
しっかり寝ているはずなんですが、疲労が残って、体が常にだるいんです。
そして、自分の部屋の様子がおかしいんです。
朝起きると、机の上に置いていたはずのものが床に落ちていたり、コップが落ちて割れていたり、水道が出っ放しだったりと、まるで誰かが部屋を物色していたかのような変化があったんです。
いわゆるポルターガイストだと思いました。
自分の寝ている間、自身の生霊が部屋の中の物を動かしているのだと、そう思ったんです。
このポルターガイスト現象も次第に酷くなっており、どんどん部屋が荒らされるようになってきました。
さすがに心配になったので、また真美に連絡をとろうとしました。
しかし、何日待っても返信が来ないんです。
何かあったのだろうかと思い、合コンに参加していた他の子に訊いてみました。
「真美?ああ、少し前に退学したって。
なんか、ストーカーに付きまとわれていたらしくて。
夜中、バイト先から家に帰ってると、誰かつけてくるような気配を感じたり、夜中に何度も家のドアをノックされたりするのが、ここ一か月くらい続いていたらしいの。
それで、精神病んじゃって。
大学辞めて、今は実家に帰ってるらしいよ。」
と、その子は言っていました。
僕は、真美に会わなければ、と思いました。
真美なら、何か解決方法を教えてくれるかもしれませんし、
そもそも、真美と会ってから妙なことが起こり始めました。
そして、前回の感謝も伝えていません。
フルネームが分かっていれば、SNSで検索して出身地を知ることができます。
この現象がこれ以上酷くなる前に、なんとか真美に会おうと思っています。
そして、ストーカー被害に遭って鬱になった彼女の精神を、僕なら助けてあげられると思うんです。
浮かぶ顔 @aikawa_kennosuke
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