§3実らない恋

 将生と再会した絵美里はよりを戻す気など毛頭なく、ずるずるした関係にけりを付けたかった。自分の曖昧あいまいな態度に起因しているが、千宙に相談する事にした。

「わたし、どうしたら良いか分からなくて。彼は東京に出て来て、変わったみたいで怖い気がするんです。高校の時はやさしくて、思いやりがあったんですけど。」

「人は何かをきっかけに変わってしまうけど、何があったのかな?」

「多分、第1志望の大学に落ちて、自棄やけになって大学にもほとんど行ってないみたいなんです。その時は好き同士でも、離ればなれで会えないと心移りするのかな?」

 私のたわいもない話を聞いていた彼は、物げな眼差しをして語り出した。

「確かに、距離と時間の隔たりは、心の隔たりと比例するかもね。必ず心移りをする訳ではないと思うけど、隔たりが原因で気持ちが離れてしまう事はあるよ。」

「いくら好きでも?どんなに愛し合っても?それって、寂しくないですか?」

「寂しいけれど、人の気持ちは当てにならないからね。」

 しみじみと語る彼の言葉は説得力があり、私の胸に刺さるようだった。彼自身の経験談のような気がしていたが、けしかける必要もなく彼からしゃべり出した。


 千宙はかつての自分を思い出し、七海とのすれ違いの恋を包み隠さずに語った。もちろん実名を伏せていたが、絵美里はそれが誰であるかを予見していた。というのは、寮の交流会で七海から似たような話を聞いていたからであった。また、バイトの初日に聖海女子大の話題になった時、千宙の穏やかでない反応を重ね合わせていた。4年越しに会えたのに、ままならない恋の行方に絵美里は共感を覚えた。

「私たちと同じように、立松さんたちの恋も実らなかったんですね。」

彼の話に共鳴を受けた私だが、裏切られた自分とは何となく違うような気がして意地悪く言った。

「前に似たような話を聞いた事がありますけど、その人には別の彼氏ができたみたいですよ。立松さんは彼女を裏切った訳ではなく、誤解だったんですよね!」

「うん、そうだけど、誤解を生じさせたのは俺だからね。結果的に彼女を裏切る行為をしたけど、彼女には裏切られたとは思っていないよ。」

 彼もそうだが、彼女の背信行為を許すような口振りにいら立ちを覚えたが、それ以上は追及しなかった。それよりも自分の事だと、横道にれてしまった話を元に戻した。体だけを求めてくる将生との関係について、彼の意見を訊いた。

「彼がしつこく誘ってきて、それに応えてしまう自分が嫌なんです!体がつながっても、心は離ればなれだと気付いたんです。一度離れた心は、取り戻せないんです。」

「そう思っているなら、早く清算した方が良いよ!新しい恋だって始められないし、好きだった頃の良い思いが、嫌な思い出ばかりになってしまうよ!」

「そこで提案ですが、立松さんがわたしの彼氏の振りをしてくれませんか?というか、彼氏になってくれても構わないですけど…。」と自分でも思い掛けない言葉を発していた。彼は困ったような顔をして、「振りならば」とつぶやいていた。


 絵美里は将生との関係を中々断ち切れず、求められればそれに応ずるという事を繰り返していた。好きな人がいると言っても聞き入れられず、泥沼と化していた。逃げるしかないと思い立ち、バイトも辞めて千宙に助けを求めていた。

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