§10突然のプロポーズ

 東京に戻った七海は夏期講習の講師の仕事があり、仙台へ引っ越した家族の元には行かなかった。9月になって、肇から東京に戻ったと連絡があり、早速会う約束をした。暑い最中で、タンクトップにミニスカートをはいて、待ち合わせの場所に向かった。肇は七海の露出度の高い服装に、目のやり場に困っていた。

「東京はまだ暑いね!七海さんは、今日は随分と涼しそうな格好をしてるね。」

「そうですか?北海道も思っていたよりも暑くて驚きました!でも、旅行ができて嬉しかった!本当にありがとうございました。御両親にもよろしくお伝えください。」

 私たちはぎこちない挨拶を交わし合い、旅行の話で盛り上がった。

「母が僕たちの事を誤解してて、嫌な気分にさせてごめん!」

「わたしは、全然気にしてませんから。それより、お母さんは肇さんが純潔を重んじているというのを、知らないんですね!だから、わたしを恋人だと勘違いして。」

 私は話をぶり返して、自分の彼に対する気持ちを伝えようと思った。

「七海さんが帰った後で、はっきりと話をしておいた。恋愛対象は結婚を前提にした相手で、七海さんはまだ恋人ではないと言っておいた。」

「わたしも、ごめんなさい!肇さんはやっぱり友だちで、恋人にはなれないと思った。実家になれなれしく付いて行って誤解を招くのは当然で、謝ります。」


 七海は自分の言い分を伝え、これまで通りの友だちとしての関係を望んだ。だが、肇は彼女を恋愛対象として見ており、恋する者の切なさを初めて感じていた。七海は二股という意識はないまま、大田黒の呼び出しに応えて会っていた。

 大学生活の最後になるからと、肇は千里大の学園祭に七海を誘った。

「やっぱり理系の大学だけあって、男子学生が多いですね!」

「そうだね、学部にもよるけど、女子は3割程度かな。だから、女子大とインカレの交流があるんだろうね。男は女を、女は男を求めるのが普通なのかな。」

 いつもの彼とは違い、自由な恋愛を肯定するような言葉に私は驚いていた。


 模擬店の混雑を避けるように歩いている時、向こうから千宙が女の子と話しながら歩いて来るのを、七海は目に留めていた。その場にぼう然と立ちすくみ、肇の話し掛ける声が耳に入らなくなっていた。

「どうしたの?誰か知ってる人でもいたの?」と問われて改めて見ると、女の子は同じ寮の後輩のひいらぎ絵美里えみりだった。私は狐につままれたような気分になって、目を反らす事ができなかった。彼に促されてその場を去ったが、それからは千宙の事で頭がいっぱいだった。帰り道で大事な話があると彼に言われたが、気もそぞろで聞き流していた。そして、寮の前まで送ってくれた彼に、突然プロポーズをされた。

「僕と結婚を前提に、お付き合いしてください。」という月並の言葉だった。

「えー?今、何と?結婚?お付き合い?ちょっと待って!」とためらっていると、

「七海さんの事がずっと好きで、友だちとしてだけでなくて恋人にしたい!」と口ごもりながら告白してきた。私は千宙の事もあり、どう答えるべきか困惑していた。

「あの、わたしはまだ20歳になったばかりだし、大学もあと2年あるし、結婚とかは考えられないです。それに、前言ったように、わたしはただ友だちとして…。」

「そうだと思うよ!だけど、大学を卒業したら北海道に来てほしい。」

 思ったより強引な彼に余程の決心を感じたが、私にそんな気は毛頭なかった。

「あの、わたしは肇さんが思っているような、ピュアな女の子ではありませんよ。これから恋愛もしたいし、今までも男の子と付き合った事もありますし。」

「それはプラトニックでなく、肉体的な関係もあったという事なの?」

「もう大人ですから、恋をすればそういう事もありますよね。ただ、最後の一線は、訳あって越えていないですけど、これから先は分かりません。」

 私は言い過ぎたと思ったが、思っている事がどんどん口から出ていた。

「そうか、七海さんはまだ初心うぶな子どもだと思っていたけど、意外に進んでるんだね。でも、バージンだけは守っていて、僕の理想通りだ!そこまでの過程は目をつぶる事にして、僕と幸せな家庭を築いてほしい。」

 彼の愚にも付かない純潔主義に、私はあきれてしまった。

「はっきりとお断りします!御自分の主義を、しっかりと貫いてください。今までありがとうございました。」と言い捨てて、寮へと駆け込んだ。


 七海は黄川田の事よりも、千宙の事が頭から離れなかった。一緒にいた柊絵美里とどういう関係なのか、気になって仕方がなかった。

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