§1千宙との再会

 梅枝うめえだ七海ななみは静岡の高校を卒業し、東京神田にある聖海女子大学に入学を果たした。東京の大学に行きたいと親を説得し、女子大で寮に住む事を条件に許された。初恋の相手である立松たてまつ千宙ちひろとは、中学2年から別れたままになっていた。

 私は千宙君との約束を、まだ引きずっていた。『大学生になってお互いに彼氏、彼女がいなくて、好きな気持ちがあるなら会おう。それまでは、別に我慢する必要はないので、好きな人ができたなら仕方がないと思う。再会できる事を楽しみにいている。』という彼の手紙の言葉が、ずっと私の心の片隅を占めていた。


 七海は初めての一人暮らしと慣れない大学生活に忙しく、1カ月が過ぎていた。千宙の事を気に掛けていたが、忙しさを理由に連絡を先延ばしにしていた。千宙が今どうしているのか、自分の事など忘れているのではないか、無下むげにされるのではないかと気になって連絡を後回しにしていた。七海がようやくその気になったのは5月の連休、よく言われる5月病にかかったようで、寂しさに耐えられずに彼の家に電話をした。ところが、彼は家にはおらず、名前と伝言を告げると、

「七海って?チー君の中学の時の彼女?わたし、萌香もえかだけど覚えてる?」と千宙の姉の萌香だった。自分の事を覚えていてくれて緊張も解け、彼の近況を聞き出す事ができた。千宙は千里せんり大学の理学部に入学し、1年生の内は家から多摩キャンパスへ通っているという。さすがに彼女はいるのかと聞けなかったが、七海は中学の頃を懐かしく思い出していた。

 次の日、千宙が家にいる時間に再び電話をすると、忘れもしない彼の声が耳元に伝わってきて、私は感激のあまり言葉が続かなかった。

「七海?元気にしてた?今どうしてるの?」と立て続けにいてくる彼に、

「大学に受かって、東京にいるの。会いたいの。」とだけ告げた。携帯の電話番号を教え合い、明日の午後に新宿で会う約束をした。電話を切った後、私はドキドキしたままで興奮冷めやらず、電話でのやり取りを反すうしていた。久し振りの彼の声も上ずっていて、うれしそうな表情が目に見えるようだった。


 連休の最終日、七海は少しでも大人っぽく見せようと、ひざ丈のワンピースにピンクのカーディガンを羽織って新宿駅に向かった。千宙はブルーのシャツにブレザーを着て、いつにないオシャレな服装で七海を待っていた。

 私が彼を見つけて近付いて行くと、上から下までなめるように見て、

「七海か?全然分からなくてごめん、別人みたいだ。」というのが第一声だった。

「千宙君こそ大人っぽくなってびっくりだよ。でも、顔は昔のままで安心した。」

「当たり前でしょ!顔が変わってたら、怖いよ。七海は昔に比べて太ったのかな、すごく女らしくて驚いたよ!」というセクハラめいた言葉は、相変わらずだった。


 二人で近くのカフェに入り、中学の時の思い出や高校生活の報告、大学の事などを止めどなく話した。お互いにわだかまりはなく、時間を忘れて素直な気持ちで語り合った。しかし、お互いに恋人がいるかには触れず、交際を再開する話は避けていた。その日は、千宙はバイトがあると言うので、また会う日を約束して別れた。

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