第7話 残念な男

「ぷっ……! うっく……くふっ……!」

 小型ヘッドフォンをつけたまま、美紅が机に突っ伏した。

「アハハハ! な、なにこれ……! コントじゃん……!」

 遅れて桔梗もヘッドフォンを置いて、指を組んで顎を置いた。

「思った以上に口下手ね……。でもまだボスの想定内……」

「いや、ボス、絶対面白がってんでしょ!」

 美紅がテーブルの上の書類を指で叩いた。


“ヤマトタケル・プロポーズ大作戦”と記されている。


「いえ、ボスは面白がってなんか……んっふふ……んっふ……! “ あすなろ抱き”からの、決めゼリフ、“ターゲットはお前だ。”ってダメでしょ! 自分たちの職業考えなさいよってハナシ……! んふふふ! その後の会話が全部見事にすれ違ってましてよ……!」

 桔梗は口元を指で隠しているが、顔面真っ赤になって吹き出しているのでさして意味はない。

「ヤるヤらないの話が殺る殺らないの話になってるし……!」

「それにしても八重子の部屋に仕掛けておいた監視カメラは全て八重子が気絶している間にヤマトタケルに潰されてしまいましたね。八重子に埋め込まれたマイクロチップでしか成り行きを見守れないのは少々残念ですが……」

「ってゆーか、アイツ、表情筋死んでんの?」

「まともだったらこの町では生きていけませんもの」

「そーねぇ……。それにしてもヤマトタケル……」

 美紅が別の資料をめくると、カーテン以外なにもないアパートの一室の写真。そこには壁一面、人一人分のスペースとそこから伸びたけもの道のようなスペースを除いて、床にも八重子の大小様々な日常の写真が貼られている。

「キモいわぁ……」

「えー。わたくしはこの気持ちわかりますわ♡」

「あーそう……」

 美紅は神話ネームのついた女性陣を思い出す。高笑いでマシンガンをぶっぱなすアマテラスと無表情で鮮やかにつるし上げた男たちを解体するツクヨミ。実兄であるニニギ以外の男をゴミだとしか思っていないコノハナサクヤ。確かにあれの中で過ごしていたら、八重子は可愛いの塊だろう。

 服と部屋の趣味はおかしいけれど、仕事帰りにカフェで映えるパンケーキを食べたり、仕事前に潜入先のナイトプールでユニコーンの浮き輪に乗ったりして喜ぶような可愛げがある。少女漫画も大好きだし、恋愛ドラマも録画して必ず観ている。どこにでもいる年頃の女の子の行動そのものだ。そしてそこら辺の男たちより少し腕がたつだけなのだ。

 そしてその八重子が好きな恋愛漫画もドラマも知り尽くしているくせに、何一つ活かせていない男、ヤマトタケル。

「なんて残念な男なの……」

 美紅は呟き、ブブッとふきだした。

「しかたないですわ」

「どうする? 八重子にメッセージ送っとく?」

「あとは若い者同士、二人に任せようというのがボスのご意向ですわ。もう少し見守りましょう……」

「絶対面白がってんじゃん。ま、いくら八重子が頑張ってもヤマトタケルは殺せないでしょうしねぇ」


“んー……色じかけかなぁ……”


 ヘッドフォンから八重子のひとりごとが聞こえた。


「ますます面白いことになって参りました」

「新居の方は監視カメラを壊さない、外さない。という指示が出ているので、八重子には是非とも新居についてから実行してほしいですわね!」

「あーもう。ヤマトタケルの車はまだ仕上がらないの?」

「もう返却される頃ですわ」

 ヘッドフォンから八重子の部屋の呼出音が聞こえた。

「きた!」

“こんな夜更けに誰よ……。まさかヤマトタケル以外にもアタシのこと狙ってるヤツが……?”

「本人は完全に殺されると思って言ってるんだけど、ヤマトタケルの気持ちを知ってる側から聞くととんでもない自意識過剰に聞こえるから不思議」

「八重子はそんな子じゃないんですけどねぇ」

 物音が聞こえる。玄関のドアを開けたらしい。組織の人間が来たから開けたようだ。

“え? 洗車できたから出発? ちょっと待ってヤマトタケル呼ん……”

“そんな格好でうろつくんじゃない。見た奴、死ぬぞ”

“ うわあいたぁ! あー! 服着てー! ついでにシャワー浴びてきたでしょ!? 自分だけ用意してずるい!”

“喚いている暇があるなら行動しろ。出発だ”


「あーもーヤマトタケル新生活が楽しみで仕方ないんじゃん」

 美紅がくすくすと笑った。


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