第5話

 この町は地図に載っていない。ナビゲーションも絶対に案内しない。もし万が一誤って迷い込んだりしたらそのまま消される。組織の人間が暮らす、人口五千人程の小さな町。見た目は普通。どこにでもある町並み。引退した人間が農業や商業を営み、この町を作っていく。お店では諍いを起こさないのがルールだ。孤児院から鍛錬を経て成人となったらこの町の住人になる。とはいえ、ほとんどが色んなところに派遣されるので、ここはある意味、故郷という存在なのかもしれない。明日から違う町でほぼ知らない奴と同棲かと思うと、アパートの自分の部屋が愛しく感じる。

 初めて女友達以外の人間をその部屋に入れる。恋人でも、ましてや好きでもない初対面の男。

 っていうか、恋人いたことないのにどうすんの? 恋人ごっこ? どうせフリならこの際、理想の恋人同士を演じてやろうじゃないの!

 黒い革張りの二人用ソファと、ヒョウ柄のシルクで揃えたベッド、その間に真っ赤なハート型のローテーブル。赤い壁に赤いカーテン。小物もなるべく赤で揃えた。床はフラッグチェック。ヤマトタケルはぐるりと見回して無表情のままで言った。

「頭が痛くなる部屋だな」

「一晩くらい我慢したら? 二度と来ないんだから」

「そうだな」

「――で? ヤマトタケル。仕事の内容は? まさか本気でアンタの家政婦をするだけ?」

「町田八重子、お前は弱い。お前を危険な目に遭わせるわけがないだろう。このおれが」

 右フック、からの、左からアッパーで首を狙って、右からハイキック、半回転で後ろ回し蹴り、全部躱された。背後を取られて首とみぞおちをがっちりと腕でロックされた。コイツ、やっぱり腕も胸板もがっちりしててたくましい。いや、そうじゃない。全然身動き取れない。

「何が不満なんだ。おれじゃダメか?」

 トゥンク♡ シチュエーションが羽交い締めなのに、甘い台詞に乙女心が過敏反応を示した。

「な、なによ……! なにがよ……!」

 ギリギリと締めあげられる。

「おれのターゲットは、お前だ。町田八重子」

 ズドンと衝撃が走った。――いや、撃たれた訳じゃない。ショックのあまり、頭の中で何かが弾けた。

「アタシが、神話ネームアンタに狙われるほど、何をしたっていうの!? 仕事で一度も失敗したことないのに!?」

「そうだ。お前は真面目に仕事をこなしてきた。ちゃんと知っている」

「じゃあなんで!?」

「お前は一生懸命仕事をしすぎた」

「それで? アタシなんかボスの気に触るようなことした?」

「いいや。そんなことはない。ボスは……、まあ褒めていた」

 はいー! 末端のことあんま気にしてないやつー!

「まだ恋もしたことないのに!? カレシもできたことないのに!」

「だからそのシチュエーションを準備しているだろう」

「なっ、ハッ? アタシに選択権ないの!? 最初で最後の恋人が、アンタ!? せめてお見合い写真みたいなの用意して候補いくつかあげてよ!」

「そんなものは必要ない」

「いや、いるし! 要る要る!」

「おれじゃ不満なのか?」

 頸動脈を押さえられ、じわじわと意識が遠のいていく。

「いや、不満って……」

 そりゃ、なんで殺してくる奴と恋なんか……。

 言う間もなく、アタシの意識は途切れた。

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