ギリアン フリン『ゴーン ガール』
ヤラれた。
あんた、スゲェーよ。
あんた、本物だ。
これが、この小説を読み進めていく間にあたくしの中に沸き起こった率直な感情である。
ギリアン フリン、この女流作家はここ半世紀の間でハレー彗星の如く現れた20年に1人、いや、30年に1人くらいの類稀なアイデアを有する天才肌の作家である。
そんな大仰な事を言っちゃってるけど、まだまだ沢山のおもろい作家がいるのも事実なので誤解のないように。
前回、紹介したデニス ルヘインの『夜に生きる』と同年にエドガー賞長編賞にノミネートされたのだが惜しくもルヘインに持って行かれた。
あたくし的にはプロットの展開、綿密に練り込まれたストーリー、奇抜な手法で描き出される主人公とその妻との夫婦関係。
『夜に生きる』もおもろかったが、その上を行くおもろ本だ。
それが、今回紹介する『ゴーン ガール』だ。
ルヘインの『夜に生きる』が多少文学的で写実的に描かれている点に対して、『ゴーン ガール』は奇想天外な大胆な仕掛けが現実離れしていて猥雑な表現なども含んでいるので選考者の好みが大きく分かれ授賞を逃した原因なのではないかと勘ぐってしまう。
点と点が線になっていく『ゴーン ガール』は読み進めるに連れおもしろさが増加して行くおもろ本だ。
『夜に生きる』はベン アフレック監督、主演、脚本で映画化されたが前回でも書いたように興行的には失敗に終わったようである。
『ゴーン ガール』は『セブン』『ゲーム』『ファイト クラブ』『パニックルーム』『ドラゴン タトゥーの女』といった名作を尽く成功させ、その辣腕を奮った鬼才デヴィッド フィンチャーが監督を務めフリン自身が脚本を担当。
ベン アフレック、ロザムンド パイクが主演を務め、こちらの方は工業的にも批評家の好意的なレビューでも大成功を収めたようである。
デヴィッド フィンチャー、ギリアン フリン、ロザムンド パイクは数々の映画賞ニノミネートサレタ。
これは、言っては悪いがフィンチャーとアフレックに監督の手腕という面では歴然の差があるのは周知の事実なので致し方ないだろう。
フィンチャーとフリン。
天才と天才がタッグを組めばこうなるという典型的な模範例だ。
フリンの作品リストはこんな感じ。
『ゴーン ガール』の前前作にあたる『KIZU-傷』(2006年)で英国推理作家協会賞、最優秀新人賞と最優秀スリラー賞を受賞し鮮烈なデビューを飾る。
そして、前作『冥闇』(2009年)でスティーヴン キングに激賞され満を持して発表したのが『ゴーン ガール』(2012年)である。
ギリアン フリンを一言で形容するならば女流版スティーヴン キングというのがあたくしの印象。
シニカルな人物描写とブラックユーモアが鏤められた文体で綴られ読者を惹きつけてやまない天賦の才に恵まれたストーリーテラーである。
原作では無数に鏤められたブラックユーモアが映画の3時間弱という尺では上手く表現しきれていないのが少し残念な気もするが、それでも映画も一見の価値有り。
映画と原作を比較するのもまた一興である。
ストーリーのあらすじはこんな感じだ。
ニック ダン、34歳。
ニューヨークで雑誌のライターをしていたが、紙の媒体に替わり電子書籍などが台頭する現代で多くの同僚ライターが首を切られていく。
そして、ニックにも、その順番が訪れて解雇されてしまう。
妻のエイミー“エリオット”ダンも同じくライター業を生業としていたがニックと同様に職を失ってしまう。
時を同じくしてニックの母モーリーンが癌を患った為にニックの故郷ミズーリに転居する事になる。
それが2年前の話だ。
エイミーはこの転居には心から賛成したものではなかった。
ニックの独断と言ってもよいものであった。
エイミーの父ランドーと母メアリー“ベス”は童話作家でエイミーをモデルにした『アメージング エイミー』と言う本がベストセラーになっていた。
そんなエイミーは裕福で都会育ちの何不自由の無い生活を送っていた彼女にとって田舎暮らしは退屈極まり無い毎日で鬱屈した生活を送る事を余儀なくされた。
ニックの家族とエイミーは反りが合わずニックとエイミーの関係も新婚当初からは随分と冷え切り夫婦仲はぎくしゃくしていた。
ニックはエイミーの信託財産から金を借りて双子の妹マーゴとザ ばーと言うバーを経営しながら地元の短期大学でライター養成のゼミの講師も務めていた。
結婚五周年の記念日。
エイミーが突然、何の前触れも無く謎の失踪をしてしまう。
家には争った形跡が残されていて鑑識の捜査でエイミーのものとされるヌミーノール反応までもが検出されてしまう。
確かなアリバイのないニックに嫌疑がかけられていく事になっていく。
このエイミーの失踪はニックの教えている女学生アンディと夫ニックとの不貞を知ったエイミーが夫を陥れる為に仕組んだ巧妙な罠だった…
訳者の中谷 友紀子氏があまり予備知識を詰め込んで読むと小説のおもしろさを損なうと後書きで記されていたのであらすじはここでお終い。
小説は失踪当日からのニックの回想と、そのニックを陥れる為にエイミーが綿密に作成した結婚前からの日記を交互に挿入していくというスタイルで、これもフリンの斬新なアイデアだ。
時間が経過するとともにニックとエイミーの時間軸も擦りあってくるといった設定でエイミーの日記から現在の回想に移り変わっていくというプロットになっている。
一癖も二癖もある登場人物。
エイミーの考えた性格診断クイズ。
大胆不敵に仕掛けられたエイミーの罠。
仕組んだ罠と結末に向かうに連れ警察の尋問でも追求される矛盾点を帳尻合わせしていくエイミーの狡猾さと明晰な頭脳。
そして、これでもかと見事に描き出す夫婦の愛憎劇。
どれを取っても一流のエンターテイメントな作り込まれ方だ。
流石ニューヨーク タイムズ誌のベストセラー、ハードカヴァーフィクション部門の1位の座に何ヶ月も輝いていただけの事はある。
ニックとエイミーがライターの職を失ったように、フリン自身も10年務めていたエンターテインメント ウィークリーを解雇されているという苦い経験も重ね合わせて描かれている点にニックとエイミーの嫉妬、欺瞞、憤怒といった負の感情がリアリティに描写されているところに、この小説に引き込まれていく何かがあるように思える。
ニックやエイミーの人物描写には人間心理に潜む表と裏、光と影、そして狂気が痛々しいほどに感じられる。
『ゴーン ガール』の成功で前作『冥闇』も『ダーク プレイス』と言うタイトルでシャーリーズ セロン主演で映画化されているので、そちらも楽しみである。
タイトルの『ゴーン ガール』の“GONE”と言う単語の意味には、ただ単に消えたと言う意味だけではなく、過去の物が消失した、感覚が無くなった、物が崩れた、などの意味もあり、ニックとエイミーの関係やニックとエイミーが過去に失った喪失感などを如実に物語っている点も訳者の中谷氏がご指摘されていた事も忘れずに記しておく。
こんなかみさんは嫌だランキングで5指には入るであろうエイミー“エリオット”ダンとニック ダンの捻くれた人間性と愛憎劇をこれでもかと堪能して欲しいおもろ本である。
おもろ本! Jack Torrance @John-D
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