第858話

 私専用の天幕を用意してくれていたので、案内されるままに移動する。

 カンナが居ることはコルラードが予想していただろうけど。二人用だとしても不自然に立派で大きな天幕だった。気を遣い過ぎだよ。まあいいが。

「お茶をお淹れいたしますか?」

「んー、そうだね。お願い」

 今回もお茶セットがあるらしい。お湯さえ出せば私の侍女様は必ずお茶を淹れてくれる。ありがたい。

「先程はお気を揉ませてしまい、失礼いたしました」

 温かなお茶をテーブルに置いてから、カンナがぽつりと呟く。ああ、リュクレースの件ね。

「カンナが悪いわけじゃないよ」

 この子には一切の落ち度もない。向こうが勝手に私の地雷を踏んだだけだ。

「……オークレット様は元々、発言に問題の多い方で」

 噴き出しそうになって慌ててティーカップを口から離した。

「レッジ様も王子殿下も、ご挨拶の後はオークレット様を会話に入れず、ただ立たせておくおつもりだったのだと思います。まさか唐突に会話に入り込み、主題に関わりもない失言をされるとは……」

 珍しく呆れているらしく、カンナが軽く項垂れている。

 コルラードとベルクは、相手が部下とはいえ私の前で会話を遮るのは無礼だと、咄嗟に止められなかったのかもしれない。本来はそれが正しい。しかし今回ばかりは、コルラードとベルクのお行儀の良さがあだになった瞬間だった。

「めちゃくちゃ強いのに、総騎士団長じゃないのって、もしかして」

「はい。その社交性の欠如により、候補から早々に除外されたと聞いております。あの方に、要人の方々のお傍付きは不可能ですので……」

「あはは!」

 彼女のデリカシーの無さはかなり有名であるらしく、カンナも今回が初対面ではあったものの、かつて白騎士団の入団推薦を断った経歴から、顔を合わせたら面倒なことを言われる可能性は頭にあったという。ただ、まさか救世主わたしが目の前に居ても無遠慮に発言をしてくるとは思っていなくて、油断していたのだと。

 実際、私に対してはかなり礼儀正しかったし、救世主への信仰心はきちんとあるのだと思う。空気が読めないだけで。

 いやでもそれ、令嬢としても騎士としても致命的じゃん?

 前にカンナが説明してくれたが、騎士ってのは兵士と違って『身分』で、強さだけじゃ駄目な職業のはず。

「事前に予測できていれば、私からも先んじてお伝えできたのですが……」

「ん~、あれをカンナが未然に防ぐのは難しいよ。コルラード達は、もう少し予想しておくべきだったかもしれないけどね」

 私があと少し短気だったらあの場で首を落としていたぞ。優しい救世主で良かったな。感謝しろ。

 嘘です。私はかなり沸点が低いと思う。配慮もっと頑張って。

「ただ、とても素直な方であるそうなので、お叱りを受け、きちんと反省なさっていると存じます。同じ失言はされない方だとも聞いております」

 素直なのは、何となく分かるよ。それが行き過ぎていて、無遠慮でデリカシーが無いんだとも思う。

 しかし同じ失言はしない程度の学習能力があるのに、新しい失言をしてみんなを驚かせるという。びっくり箱じゃん。そりゃコルラードみたいな役割は彼女には出来ないよ。

 でも戦闘と戦略については文句の付けようがないくらい優れているらしくて、常に前線に置くことで何とか問題の方を抑えているそうだ。

 ちなみに白騎士団の副団長は細やかな配慮が出来る人で、びっくり箱であるリュクレースの抑止役なんだとか。今日もその人を隣に置いておくべきだったね。今頃コルラードとベルクに怒られてそう。

「まあいいや。さっきは腹が立ったけど、オチが面白かったから」

 身内をバカにさえしなければ面白い人だと思っておこう。

 私の不機嫌が長く続かないよう、且つ、この戦いでリュクレースと私がギスギスしないように、カンナが敢えて笑えるオチを付けてくれたことも分かっていた。

 これ以上、カンナに気を遣わせることもない。機嫌を直し、リュクレースへの悪感情も緩めてやることにした。カンナのお陰だからな、感謝しろ。うん、完全ではない。

 一時間ほどのんびりしたところで、ベルクに呼ばれ、カンナと共に天幕を出る。

 国境の門までは駐屯地から馬車でゆっくり向かっても二十分程度だそうだ。この駐屯地から肉眼で見えるくらいの距離だからね。二重門であるお陰で、駐屯地に徐々に兵を集めていても目に付くことは無い。

 そう考えると、この壁って防衛面では一長一短だよな。一応この壁はマディスの所有になるみたいだが、建設当初、壁の上に兵士や兵器、監視員を配備してウェンカイン王国とかなり揉めたようで、今は壁を破壊しない条件として配備させていないようだ。結果、壁の傍に兵を集められても気付けない状況になっている。

 怖くないか? うーん。お互い様か。向こうが集めてもこっちも気付けないんだから。

 さておき。案内された大きな馬車に乗り込む。馬車は向かい合う形で三人ずつ座れる六人乗りだ。

 中には女王と従者が居た。あと一人、女性の騎士。安全性を考えて女王は真ん中に座らせなきゃいけないし、寄り添って座るなら護衛とは言え、女性の方がいいって配慮かな。

 私とカンナは二人で広々と向かい側に座る。

「やあ、久しぶりだね、女王様」

 物凄く気安い挨拶をした。不遜だと怒るかと思ったが、女王は軽く会釈しただけだった。

「選ばれた一人は、あなただったのか」

 もう一人、従者の方にも声を掛ける。私が実験体にした男性だった。唯一、私と面識があるから選ばれたのかな。一瞬そう思ったけど。

「名乗りが遅れまして、申し訳ございません。ケヴィン・ヴァン・ションブルクと申します」

「ん?」

 聞き覚えのあるラストネームに思わず女王の方を見れば、彼女は静かに頷いた。

「他国にも分かりやすいように申せば、ケヴィンは今世の妾の『兄』にあたる」

「はー、なるほど」

 ケヴィンは二十代半ばから後半だと思うけど、少し年の離れた兄妹なんだな。

 何にせよ、近しい部下であり兄でもあるケヴィンが傍に居るなら、多少は女王のメンタルケアにもなるだろう。少なくとも女王の呼ぶ『ケヴィン』という声には、明らかな親しみの色があった。彼を選んだ本当の理由はこっちかもな。私と面識があるって点はそのついでか、全く気にされていないね。別に誰でも良かったから、良いんだけど。

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