第856話_北部駐屯地

「此度の作戦について、私からお話できることは以上となります。……何かお困りのことがあれば、いつでもお声掛け下さい。通信用魔道具の傍には必ず人を残します」

 王様が話を締めようとしている。

 はあ~。いよいよか。此処まで来てもまだ腹が括れていない私である。はあ~。

「危機的状況に陥れば、迷わず離脱して下さい。先程も申し上げましたが、アキラ様のご無事に勝るものは何もございません」

「そうするよ。出来れば女王と、あー、ベルクも連れて逃げるね。無理ならカンナと二人で逃げるけど」

 優先順位の最上位が私自身とカンナで、次が女王、更にその次がベルクです。

「あと、カンナを連れて行くことは今回も私の我儘だから、みんなは気にしないで」

 予断を許さない状況が続く可能性もあるから、前回以上にカンナを連れることは難色を示されると思った。よって先んじて伝えてみたが。王様はすんなりと頷いて、他の者も顔色を変えていない。

「問題ございません。長期の外出の場合、高貴な方の傍には必ず世話係が必要です。女王にも城から二名付けておりますので、アキラ様が専属侍女をお連れになるのも当然です」

 なるほど。それはそうかも。

 風呂や着替えの必要が無い短い派遣ならともかく、今回は国境をも越えるからな。私がカンナを付けなかったら、別の子を付けようとした可能性すらある。

 ただ、私の場合は女王に付いてる世話役と違って本当に最前線まで連れて行くんだけど……まあ、誰も文句を言わないでくれるなら何でもいい。

「じゃあ行こうか」

 立ち上がったら、カンナがいつものローブを私に着せてくれて、仮面を着けてくれた。その横でベルクは一度王様に会釈をしてから、私の傍に立つ。

 王様はやや渋い顔でベルクを一瞥した後、私へと向き直った。

「ご武運をお祈り申し上げます」

 部屋の全員が頭を下げたのを横目に、北部の駐屯地へと転移した。

 先にコルラードが入ってくれていたお陰か、駐屯地の内部に転移先を用意してくれていた。複数並んでいる天幕の裏側を通りながら上手く人目を避けて、駐屯地の中央へ向かう。

「ベルク殿下ならびにクヌギ公爵のご到着です!」

 兵の宣言が聞こえたと同時に、開けた場所に入り込んだ。周囲全てが仰々しく私達に敬礼し、花道が出来てしまった。ベルクが先導してくれているので、私宛ではないと思って気にせず通ろう。

 案内されたのは中央にある大きな天幕の中。そこにはコルラードと、背の高い女性が居た。白銀の鎧を身にまとっている。私と目が合うと彼女は目礼した。

 先にコルラードが私へと簡潔に挨拶をしてくれて、続いて彼女に「ご挨拶を」と促す。

「クヌギ公爵へご挨拶申し上げます。白騎士団の団長を務めております、リュクレース・バレン・オークレットと申します」

 長い名前だなー。高位貴族っぽい。

 この人が、白騎士団のトップか。女性だったとは。ケイトラントほどの体躯ではないが……なるほどね。下手な宮廷魔術師よりも魔力が高い。魔法と剣をどちらも使うと見た。

「彼女は、幾つもの魔族戦を乗り越えてきた、我が国でも屈指の騎士です。此度の戦いでも魔物らの足止めや、魔族戦においてクヌギ様の補佐として前線に立ってもらう予定です」

 コルラードの説明に軽く頷いた。私にとって魔族戦は初だからこそ、経験者の存在は心強い。

「頼りにしてるよ」

「必ずご期待に応えられるよう、尽力いたします」

 彼女の挨拶が終わると、コルラードは彼女を一歩下がらせて、私に向き直った。

「私は中央部でクヌギ様とベルク殿下のお傍に付き、指揮役と護衛を兼任させて頂きます」

「そうだね。前線に来ちゃった王子様が居るから、御守りは頼むよ。私は自分の侍女と、女王しか守らないから」

「はい。問題ございません」

 この時、私が『侍女』を話題にあげたからだろうか。リュクレースが少し首を傾け、私のカンナを見つめた。

「……失礼ですが、そちらの侍女は……オドラン家の?」

 カンナに言及した時点で既に私はピリ付いていた。コルラードとベルクは瞬時に察知して顔色を変えているものの、リュクレースの方は全く気付いていない。

 だがまだ無視するほどの発言ではないし、無視をさせてカンナの貴族としての立場に影響しても良くない。私がカンナに向かって軽く頷けば、それに応えてカンナが一礼した。

「オドラン伯爵家四女、カンナ・オドランでございます」

 名乗る彼女を見やって、リュクレースが感心する様子で目を細める。

「白騎士団に属す資格を有しながら、侍女を選ぶとはことと思っていたが……現在はクヌギ公爵付きで護衛を兼任しているのか。貴殿であれば、この戦いにおいても充分――」

「おい」

 自分でそうしようと思った以上に低い声が出た。

 その瞬間、ガシャリと鎧の音を響かせてリュクレースが地面に両膝を付く。私が、彼女を全力で威圧したのだ。以前は使い方を知らなかったこれも、今は自在に扱えてしまっている。私に教えるべきではなかった技術かもしれない。

「くっ……う……!」

 這い蹲るような状態の彼女を見下ろしても、私は圧力を緩めなかった。更に、息も許さないほどに圧迫した。彼女は必死に抗っているが、身体を起こせる様子は全く無かった。

「誰の侍女に、上から物を言ってるの?」

 一歩、リュクレースに近付く。微かに彼女の身体が反応したが、逃げることも当然できない。

「この子は誇りを持って王宮侍女を務め、今は私の『専属侍女』を務めている。護衛をさせる予定は無い。私の侍女を軽んじる発言は許さないよ」

 リュクレースの身体が小刻みに震え始める。圧迫を一度も緩めていないから、長く呼吸も出来ていないはずだ。コルラードが、彼女の横で片膝を付いて私に頭を下げた。

「ご容赦下さい! 私の教育不足でございます。二度とこのような無礼をせぬよう改めさせますので、どうか!!」

 即座にベルクもその場で片膝を付いて私に頭を下げる。……ふん。小さく息を吐き、威圧を緩めてやった。

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