第855話
この世界の長い歴史の中で、マディス王国とも、まだ敵対していた頃のセーロア王国とも、次第にそのように戦争法規を結ぶようになったと言う。
だから『ウェンカイン王国が法規違反をしている』と疑われない限りは、マディス軍旗があれば攻撃されないはず、という考えだ。
「また、ウェンカイン王国軍がマディス王国軍旗を掲げること自体は、前例があるのです。救世主様の派遣です」
「あー」
そういえばそんな話もあったな。今までの救世主は、国に拘わらず人々を救っていたとか。
「しかしその場合は、目的地へ前触れがあり、正しく手続きが行われた上で進軍していたとの記録でして、女王曰くマディス国内でもその認識でした」
なるほどねぇ。色々と前例はあるし、軍旗を掲げれば無事に進める『はず』だけど、同時に異例でもあり、不安要素が残るってことか。
少し考えた後、私は一つ頷いた。
「もし想定外に攻撃を受けるようなら、私が結界で防いで、女王に前へ出てもらおう。拡声魔法で声も通せばいい。魔族にも知らせることになっちゃうけど、マディス側と争うよりはマシだ」
魔族にとっては、人間が同士討ちをするのは最も都合のいい展開であり、最初に望んだ展開だと思う。絶対にそれだけは思い通りにさせちゃいけない。
それに、王都・王宮に入るにはどうしたってウェンカイン王国軍の名乗りと女王の存在を知らせることは必須になるんだし、魔族への完璧な奇襲は元より不可能だ。魔族の準備期間を長く取らせないよう、ギリギリまで隠しておきたいものの、少し早くバレたからといって、私達の作戦を根底から覆すほどのものではない。
私の説明に、今度は王様達がしっかりと頷いた。
「……仰る通りです。その方針で参りましょう。現場ではベルクに判断と指揮をさせます」
「分かった、ベルクに従うよ。状況判断は任せる」
「承知いたしました」
優先すべきことと対抗手段についての考えが全員の中で一致しているなら、後は誰が指揮を執るかだけの話。ベルクに任せて不安は無い。実際、現場にはコルラードも居て、補佐するだろうし。何より第一王子の号令であれば周囲の兵士らが迷い無く従ってくれるだろう。
「なお、魔族の所在ですが、女王の話でもやはり、姿は見失ったままであるとのことでした」
「それが一番のネックだねぇ。タグが働いてくれたらいいけど……不安定な力だからなぁ」
何だかんだ、いつも助けてくれているスキルではある。しかしタグを頼りにした際に足元を掬われるケースもとても多いのだ。ハイリスク・ハイリターンって感じ。
「とにかく、今回は魔力封印の腕輪を掻き集めまして、マディス王宮内の者全てにそれを掛け、魔族を探すつもりです」
「今はその手段が最良だね」
腕輪は既にコルラードらの軍が運んで駐屯地に届いているらしい。
前に私も言ったが、魔力封印をしても魔力が残る『人』が居たら、ほぼ魔族で確定だ。
内部に魔族が居ればそれで探し出し、居なくとも、信頼できる範囲を広げることが出来る。地道な確認作業になってしまうが、私のタグが不安定である以上はそれが確実だろう。その間に、私のタグが働いてくれればラッキーだね。
「此度の報酬については、まず、魔族討伐と女王護衛の成功報酬が――」
話しながら、王様は長ったらしい一覧を出してくれた。
成功報酬も今まで見たことのない金貨の枚数が記載されている。それ以外にも、この依頼の為に掛かる日数や戦闘の規模など、様々な要素に対して追加料金が発生する形になっていた。後者は報酬と言うよりは経費の扱いだろうが。
「一覧に無いものについては、依頼完了後に改めての相談とさせて下さい。我々はアキラ様のご意向に添えるよう、尽力いたします」
「はいはい」
ちょっと笑いながら相槌した。山をくれとか言っても即座に差し出してくるもんなぁ、この人達。
とは言え、今回はマディス王国側から貰う賠償金の一部を私への支払いに充てるんだろうから、妥当なところなのかもしれない。
「あー、そうだ。じゃあさ、もし可能ならマディスと交渉してほしいことが一つあるんだよ」
思い出した。きょとんとした王様とベルクを放置して、私はカンナを振り返る。
「例のマディスの調味料のこと、説明できる?」
「はい。私からご説明いたします」
すごく雑なお願いをしてしまったが、カンナはすぐに察してくれた。私の醤油と味噌!
唐突な指示にも動じず、カンナは調味料の説明を始める。私には分からない幾つかの固有名詞が出てきたが、その辺りで王様達も思い当たるものがある顔をしたので、貴族の教科書にはその調味料と一緒に出てくる名詞なのかもしれない。
「名称が思い出せませんが……直ちに調べさせましょう。女王と交渉し、今後の交易品に加えてもらえるように願い出てみます。少なくともアキラ様の領地とは直接の交易が可能となるよう取り計らいます」
「そうしてくれるとありがたい」
発酵食品だし、見た目も不安になる部類だから、他の領地では受け入れられない可能性はある。だけどスラン村では私という大食漢が消費するから定期的に一定量を買いたいです。
「交渉が前向きに進むようでしたら、一度、試食なさっても宜しいのではないでしょうか」
「そうだね。細かい調整は任せるけど、その辺りもお願い」
タグでも私の知る調味料であるとは出ているものの、味は少し異なる可能性が残る。そのような機会も与えてもらえるなら嬉しい。実は白みそとか赤みそとか、種類も豊富かもしれないしね。
王様はすぐに従者らに調味料の名前を調べるように指示を出していた。醤油と味噌が手に入るなら、今回の依頼も悪くない。ちょっとやる気が出たかも。
「調味料の件が上手く行きそうなら、書庫の開放は今回も一晩で良いよ」
報酬一覧に、今回の解放は三晩。ぶっ通しではなく、私が求めた時にいつでもという記載だったが。調味料で余分な報酬を求めている為、落としどころとして提案する。王様は少し考え込んでから「承知いたしました」と頭を下げた。
私にあの書庫を開放する場合、禁書の小部屋も開放する必要があるのでクラウディアまたは他の王族の随伴が必須で、かつ、周辺を含めて人払いなどをしなくてはいけない。「書庫の開放」とだけ聞いたら幾らでも出来そうなものだが、実はかなり城側に負担のあることなのだ。
それに娘を想う父としては、その度に徹夜しなきゃいけないクラウディアの負担を軽減したい気持ちもありそう。前回は私が相当虐めたからな。伝わっているなら、余計にだと思う。
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